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「さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~(第7話)」家族と街の人々と音楽を分かち合う人生を送るということか?

今回で7回目。あと3回残して、西島秀俊はドイツの指揮者のオファーも断ってしまう。未だ、家族がまともな姿に戻っていないということもあるだろうが、ドラマ的にはメインの葛藤劇になるような話を簡単にぶった斬ってしまった。こういう部分がこのドラマに勢いがついてこない理由だろう。

そして、簡単に市のホールはなくなるようだし、オケの楽譜や所有品は西田敏行の歌カフェに移動。そして、西田が77歳の誕生日にコンサートを開催することが決まる。西田、幾つもの楽器に手を出して、一つも身にならなかったらしい。でも、歌が好きで、音楽が好きな人が好きということはよくわかる。まあ、どんなコンサートになるかはともかく、楽しみな企画ができたというところ。

そして、西島のところには、故郷にある母校から講演の依頼。有名人がそれなりにネットなどに上がってくれば、母校が呼びたいというのはよくわかる。しかし、西島は学校を出て、家出してから、一度も帰っていないし、親とも音信不通のまま、非常に帰りにくい。西島は、とにかく指揮以外ができないキャラに描かれているので、とにかく見ていてもどかしい。音楽が生活の他のことに何も役に立っていない感じは、キャラの作りとして失敗だったと思う。そして、それがドラマの盛り上がらない理由の一つになっているのも確か。

そして、コンサートをするはずの西田がその前日に倒れ、コンサートを病院で開催することにする西島。これを考えるにあたって、カフェで五線譜に何か書き始めるが、ここがこのコンサートに繋がることがわかりにくい。そう。西島の心象自体がドラマから読み取りにくいのだ。そういう男だからと言われればそうだが、主人公に見ている方がシンクロできないのはこのあたりで、それがドラマに悪影響を与えている。

とはいえ、西田がクラリネットで、パートの最初だけを吹くという「アマポーラ」はなかなか感動を呼ぶ演奏ではあった。そう、音楽ってこういうものでよくて、オーケストラって、かなりの余裕度があることがわかりますよね。なかなかいい演奏でした。

で、最後に當間あみが、父親にバイオリンを練習をしているのを見つかって、泣いて西島の家にそれを返しにくる。そう、音楽が人を繋ぎ豊かにした後で、音楽が父と娘を切り離すような事象を見せてくる。ドラマチックな流れという見方もできるが、残酷で強引な気がした私。當間あみが、芦田をコーチと呼んだことで、芦田がバイオリンに関わっていることを知ってしまう西島もここにいるが、それも強引ですよね。一緒にそれを描かれてもよくわからない。

ここにきて、シナリオがどの方向のゴールに進もうとしているかが実に読みにくい。そして、音楽の使い方も雑になっている気がする。良きオーケストラドラマが見たかったものとしては、最後は素敵な演奏シーンが見たいのですよ!よろしくお願いします。

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