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吉本ばなな『デッドエンドの思い出(再読)』感想

※ネタバレ注意

『デッドエンドの思い出』の西山君は、
少女漫画に出るような美青年で、
さらに吉本ばななの悟りを凝縮したようなキャラクターだ。

西山君の、わけへだてない陽気な感じと、
まわりが明るく優しく
光っているような雰囲気、
人を包み込んで、
そしていい感じの晴れた海で
海風が吹いてくるような感じに
ひきつけられた。

デッドエンドの思い出


物語は常に「私(=ミミちゃん)」の視点である。
ミミちゃんは恋人の高梨君に婚約破棄をされ
実家に帰るのがいたたまれず、
おじさん伝手で
一時的に西山君の店に転がり込んでいる。

元恋人に百万円貸したままであることを
人に隠しながらも
ずっと事実が心の内で引っかかっていた、
少し幼いところがある「お嬢様」なキャラクターである。

ミミ「返してもらう気ももうないもの。
でも、実は被害者意識があって、
誰かに言いたかったってことは
自分で今、気づいたから。
だから誰にも言わないで。
ますますいたたまれないことになってしまう。」

デッドエンドの思い出


こんなミミちゃんが人柄に惹きつけられた
透明な神のような西山君を、
私もミミちゃんと同じ視点から見上げていた。
「こうならねば」と。

彼のように素直になるのは多分不可能だけれど、
少しでも彼の人生のような
ありのままの人生に近づきたいと思った。

デッドエンドの思い出


これが初読の感想だったが、
当時よりスピリチュアル的な視点を持ち、
この短編の印象がガラッと変わった。


「帰るところがある自分、
しょせん、遊びで落ち込んでいる自分だった。
案外お金に汚くて、底意地が悪くて、
やっぱりまぬけでお人よしで
世間知らずだったこともわかった」
と自分で認めるミミちゃん偉いな。

西山君とは違うけど、
この子ってすごいな。

西山君「いい環境にいることを、
恥じることはないよ。
武器にしたほうがいいんだよ。
もう持っているものなんだから。
君(=ミミちゃん)は、帰って、
またいつか誰かを好きになって、
いい結婚をして、
その場所で大きな輪を作っていけばいいんだ。
君にはそういう力があるし、
それが君の人生なんだから、誰に恥じることもないよ。」

デッドエンドの思い出


より悟っている方が確かにいいし、
そこを目指すべきなのだけど、
優劣なんてものはないんだ。

それぞれ人生の進むスピードがあるのに、
私は西山君の境地を一っ飛びに目指してしまった。
ミミちゃんに共感する私自身を否定していたんだ。

いろんな人間がいることは、むしろいいことだ。


男女関係でも飄々としすぎている西山君だが、
ミミちゃんが実家に戻ることを
「君には悪いけど楽しかったのに」
と寂しがったのは、
ミミちゃんの泥臭く頑張る
人間味のあるところが、
神のような彼にとっては
新鮮なのかもしれない。


「透明な神様」は同短編集収録の
『ともちゃんの幸せ』で語られるように、
悲しい時すら何もしてくれない。
だが、いつもじっと見ていて、
時に優しく包んでくれる存在だ。

(ちっぽけな「神」は)
熱い情も涙も応援もなかったが、
ただ透明に、ともちゃんを見て、
ともちゃんが何か大切なものを
こつこつと貯金していくのをじっと見ていた。
(略)
最高に孤独な夜の闇の中でさえ、
ともちゃんは何かに抱かれていた。
ベルベットのような夜の輝き、
柔らかく吹いていく風の感触、
星のまたたき、虫の声。
ともちゃんは、深いところで
それを知っていた。

『デッドエンドの思い出』収録
ともちゃんの幸せ


その大きな愛と悟りを知ると、
『デッドエンドの思い出』の終盤で辿り着いた
黄金のような銀杏並木の光景が
一層輝いて見える。
もうこの奇跡のような楽しい日々は
戻ってこないとわかっていても。

一生懸命生きている人たちは、
みんな愛しくてかわいい。

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