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トランジスタってどういう素子?(トランジスタの静特性)

 私が高校生のころ電子回路というものに興味を持ちそうになったことがありました。お金がない高校生、本屋で入門書を立ち読みをしていると「トランジスタは電気を増幅します」という本の記載を発見。これを見た私は「電子回路っていうのはエネルギー保存則が破れているっていうんです?いくらトランジスタが世界を変えたとは言えそんなわけあるかい!」と早とちりして本をぱたり。そのまま社会人になるまで電子回路とは無縁な人生を過ごすことになりました。そんな因縁のトランジスタも触ってみたらなんてことはなく、普通の素子でした。
 ということで今回から2回に分けてトランジスタについてお話しします。今回はトランジスってどういう素子?という話をするために直流信号での動作(静特性)の説明を行い、次回トランジスタの増幅回路についての話をする予定です。

1.トランジスタとは

 トランジスタは正式名称バイポーラトランジスタと呼ばれるもので、薄いp型半導体をn型半導体でサンドイッチしたものと、その逆に薄いn型半導体をp型半導体でサンドイッチしたものの2種類があります。前者をnpnトランジスタ、後者をpnpトランジスタと呼んでいて、どちらを使っても良い場合はnpnトランジスタの方がよく使われます(一般的にnpnトランジスタの方が性能が良い、らしい。たぶんキャリアが電子の方が移動度が高かったりとかそのあたり?知っている人教えてください)。今回の記事でも基本的にはnpnトランジスタをベースに話を進めます。
 トランジスタには3本のリード線が伸びており、それぞれエミッタ(E)、コレクタ(C)、ベース(B)という名前がついています。

トランジスタ

 トランジスタの基本的な動作でよく行われる説明は、ベース-エミッタ間に小さな電流を流すとその100倍~1000倍という大きな電流がコレクタ-エミッタ間に流れるというものです。これは実際の動作を説明してはいますが、別のイメージの方が実態と合っていると考えています。それは、コレクタ-エミッタ間に電流を流せるよう電圧をかけた状態で、コレクタ-エミッタ間に流す電流をベースに流す小さな電流によって制御するというイメージです。よくたとえられるのは水道と蛇口の関係ですね。水道管内には常に水を流そうとする力(エミッタ-コレクタ間電圧)がかかっていますが、水道の蛇口をひねるという小さな力(ベース電流)で実際に流れる水の量を調節しているというものです(てこのように小さな電流で大きな電流を制御できる、というところが重要)。

2.Ebers-Mollモデル

 ここまではトランジスタがどういったものかということについて説明してきました。次にトランジスタに流れる電流を数式を使って表現してみます。トランジスタはEbers-Mollモデルと呼ばれる等価回路で書くことができることが知られており、これは以下の図のような構成になっています。回路図中のダイオードはpn接合部がダイオードになっていることの反映です。

トランジスタのエバースモルモデル

 このモデルの中で、トランジスタはコレクタからエミッタに流れるモードが通常のモードであり、逆方向に電流を流すことは通常ないことから、以下の図で考えてしまって問題ありません。

トランジスタのエバースモルモデル簡易モデル

 ベース-エミッタ間にダイオードがあるため、ベース-エミッタ間に電圧V_BEをかけることでトランジスタにエミッタ電流I_Eが流れます。ここでV_BEとI_Eの関係は前回のダイオードの電流-電圧特性の記事とトランジスタのデータシートを参考にしましょう。そして、トランジスタではエミッタ電流I_Eのα倍(α<1)の電流α I_Eをコレクタが集めようとするため、残りの電流 (1-α) I_Eだけがベースから流れ込む電流となります。

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 トランジスタではエミッタ電流とコレクタ電流の比αが1に非常に近い結果、ベース電流が非常に小さくなります。言い換えると、非常に小さなベース電流を流すと、コレクタに大きな電流が流れるという状態になっています。このαというパラメータはデータシートにはあまり乗っておらず、ベース電流I_Bによってコレクタ電流I_Cがどれだけ増幅されたのかという視点で見た電流増幅率β(h_feという呼ぶこともあります)がデータシートに載っています。そしてこのβとαは以下の関係式で結ばれています。βが100の場合αは0.99ですし、βが1000の場合αは0.999になります。

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 例としての東芝製npnトランジスタ2SC2713のベース-エミッタ間電圧V_BEとコレクタ電流の関係のグラフを抜粋したものが以下の図です。常温ではベース-エミッタ間電圧V_BE=0.6V程度からコレクタ電流が流れ始めていますが、これはシリコンダイオードの動作とほぼ同じです。また、半導体の常で同じベース-エミッタ間電圧V_BEをかけた場合でも温度が変わるとコレクタ電流が大きく変化しています。プロの回路ではこういった温度特性を回路でうまく補償してあげる必要がありますが、最初のうちはわからなくても良いでしょう。

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3.トランジスタの飽和

 前節で説明した電流増幅作用をするためにはコレクタ-エミッタ間電圧V_CEに十分な電圧が必要です。極端な話、コレクタ-エミッタ間電圧V_CEが0Vの場合ベース電流を流したところでコレクタから電流を集めることはできないことは想像できるかと思います。(下の図では電流は流れません)

トランジスタと_V_CE

 コレクタ-エミッタ間電圧V_CEとコレクタ電流I_Cの関係はデータシートに載っており、例えば以下のグラフのような関係になっています。

トランジスタの飽和

 トランジスタではコレクタ電流I_Cはベース電流I_Bだけで決まってほしいのでコレクタ-エミッタ間電圧V_CEを変えてもエミッタ電流が変わらない(グラフ上で水平な線が引かれている)ことが理想です。しかしコレクタ-エミッタ間電圧V_CEが小さい場合、V_CEによってコレクタ電流I_Cが大きく変わってしまう領域があることがわかります。この状態をトランジスタが飽和状態にあると言い、ベース電流でコレクタ電流を制御できるというトランジスタの目的が達成できなくなっています。そこで、この領域にならない範囲で動作させるよう設計する必要があります。ちなみにトランジスタのデータシートには、トランジスタが飽和状態から通常の動作モードに変わる電圧としてコレクタ-エミッタ飽和電圧V_CE(sat)と呼び、この電圧以上をコレクタ-エミッタ間にかけて使用するという目安になっています。

 また、コレクタ-エミッタ間電圧V_CEとコレクタ電流I_Cの関係を見ると、飽和電圧以上のV_CEをかけて一定となるはずのコレクタ電流I_Cに少しながら傾きが見られます。これはアーリー効果と呼ばれるもので、コレクタ-エミッタ間電圧V_CEを上げたことで半導体の中に変化が起こったことが原因です。アーリー効果による傾きは、以下の図のようにそれぞれのベース電流におけるコレクタ-エミッタ間電圧による傾きを伸ばしていった先で1点に集まるという性質があり、このときのV_CE電圧をアーリー電圧と呼びアーリー効果の大きさの目安になっています(アーリー電圧は無限大が理想)。

アーリー電圧

4.トランジスタで消費される電力

 トランジスタで消費される電力は、抵抗などと同じくかかっている電圧×流れている電流で求められます。一般にベース電流は小さく、コレクタ電流は大きいことから主な電力消費はコレクタ電流によるものということになります。その結果、消費電力は以下の式のようになります。

トランジスタの消費電力

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 トランジスタの目的はコレクタ電流I_Cをたくさん流すことでもあるので、極力低いV_CEで動作させることが低消費電力の手段になります。しかしトランジスタには飽和があるので、低消費電力のためには飽和コレクタ-エミッタ電圧V_CE(sat)の小さいトランジスタの選定が必要です。当然、全体の回路を設計する上で必要最小限のコレクタ電流で目的を達成することも有効です。

5.トランジスタの使い方

 トランジスタの使い方はいくつかあり、ぱっと思い浮かぶものとして以下のような使い方があります。
 A.電子式スイッチ
 B.増幅回路
 C.定電流回路
 D.指数・対数回路

 A.の電子式スイッチは簡単で、下の図のようにベースに流す小さな電流によってコレクタ-エミッタ間を導通(ON)させたりオープン(OFF)にしたりすることができる、という使い方です。ベース電流には小さな電流を流すだけで良いので電流駆動力が弱いマイコンなどに接続してON/OFF制御をすることができます。また、周波数変換で使うミキサや、ロジック回路(ANDとかNOTとか)のうちTTLと呼ばれるものはトランジスタの電子スイッチの応用になっています。

トランジスタのスイッチ

 B.の増幅回路はベース電流とコレクタ電流の比βを使って信号を増幅するためのものです。詳しくは次回説明します。

 C.の定電流回路は面白い回路で、トランジスタのコレクタ電流がベース-エミッタ間電圧で決まることを利用した回路になります。以下の図のような回路を組むことで定電流回路を実現することができます。

カレントミラー

 左のトランジスタでV_BEによって決まるI_refが流れ始めます。すると、右側にも同じV_BEがかかっているため、右側のトランジスタにもI_out = I_ref の電流が負荷のインピーダンスによらず流れます。この回路は左側のトランジスタで決めた I_ref と同じ電流を右側の回路にコピーしてきていることからカレントミラー(current = 電流/mirror = 鏡)という名前がついています。ちなみに、この回路はトランジスタの数を並列に増やしていくことで、I_refと同じ電流を流す回路をいくつも作ることができます。
 カレントミラー回路では2つ(以上)のトランジスタの特性や温度が一致していることが非常に重要です。たとえば、同じV_BEでも違うカレント電流I_Cが流れるトランジスタの組を使った場合、電流をコピーすることはできません。そのため、カレントミラー回路では以下の図のような2個以上のトランジスタが一つのパッケージに入ったものがよく使われます。このトランジスタを使うことで同一の型番が保証されるだけでなく、ロットばらつきや動作時の温度ばらつきなども最小限に抑えることができます。

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 D.の指数・対数回路はトランジスタ(ダイオード)の指数関数型の電流-電圧特性をそのまま生かしたもので、対数増幅器などに応用することができます。ただし、こちらは大きな温度特性のためそのままだと使うことができず、温度補償回路とセットで使用することになります。

補足.pnpダイオード

ここまではnpnダイオードで話を進めてきていましたが、pnpダイオードの動作についても軽く触れておきましょう。pnpトランジスタのEbers-Mollモデルはnpnトランジスタの電流の向きをすべてひっくり返したものになります。このとき、当然ベース-エミッタ間電圧V_BEやコレクタ-エミッタ間電圧V_CEの極性(+/-)もひっくり返す必要があります。なお、npn回路をpnp回路に帰る場合、電源の極性(たとえば電池の向き)をすべてひっくり返すとそのまま動作するようになっています。

トランジスタのエバースモルモデル簡易モデルpnp

ちなみに、ほぼ同じ動作で極性だけ異なるnpnダイオードとpnpダイオードの組をコンプリメンタリ(相補的な)と呼んだりします。セットで使う場合はコンプリメンタリの素子を使うことが望ましいです。

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