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ダイオードの電流ー電圧特性

「ダイオードはp型半導体とn型半導体を接合させたもので、電流を一方通行となるように流し、0.6Vくらいの電圧をかけると順方向に電流が流れる素子」という説明がよくされています。しかしこの説明、概要はなんとなくわかるんですが、実際には曖昧過ぎてよくわからないんですよね(私はそうでした)。そこで、今回はダイオードに電圧をかけるとどういった挙動をするのか、数式を使って考えてみましょう。

1.ダイオードの静特性

ダイオード

ダイオードの両端に直流電圧Vをかけたとき、ダイオードの両端に流れる電流Iは次の式で表されます。電圧と電流が単純な比例関係にないことから非線形素子(電圧を倍にしても電流が倍にならない素子)の一種ですね。

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ここで、式中のパラメータは以下のとおりになっていて、I_0を適当な値でグラフを描いたものが以下になります。
 q:素電荷 1.6×10^(-19) [C]
 k:ボルツマン定数 1.38×10^(-23) [J/K]
 T:絶対温度 [K]
 I_0:逆方向電流(漏れ電流) [A]

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まずダイオードに順方向の電圧(V>0)が加わっている場合を考えます。この場合、指数関数部分は1よりも何桁も大きくなるため指数関数部分だけで挙動を説明することでき、次の式で近似されることになります。

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指数関数の性質から電圧を徐々に上げていくと、ある電圧から一気に電流が流れるようになります。この「ある電流」にしきい値を設けて、しきい値電流が流れるときの電圧を順方向電圧V_fと呼びます。「V_f以上の電圧を加えるとダイオードに電流が流れます」、という記載の意味はこれをざっくりと表現したものなんですね。

次に、ダイオードに逆方向の電圧(V<0)が加わっている場合を考えます。この場合、指数関数は急激に小さくなるため指数関数部分は0で近似することができます。その結果、V<0でのダイオード電流の近似式は次の式になります。

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I_0に逆方向電流という名前が付けられている意味がよく分かりますね。逆方向に電圧を加えた場合、逆方向電流(漏れ電流)だけ逆方向に電流が流れることになります。

逆方向電流I_0は順方向電圧とも関係があり、小さい素子は順方向電圧V_fが大きくなり、順方向電圧V_fが小さい素子は逆方向電流I_0が大きくなる、という関係になってしまいます。理想的なダイオードは漏れ電流が小さく順方向電圧が小さいものなので、実際の設計ではどちらがより重要なのか妥協して選定する必要が出てくることになります。

ちなみに逆方向電流は
 シリコンダイオードで100nA程度(1SS314参照)
 ショットキーダイオードで30μA程度(1SS315参照)
のイメージです。
また、発光ダイオードは光エネルギーの供給も必要なため順方向電圧が高めです。

1-B.ダイオードの寄生抵抗

ダイオードは電圧を上げていくと大電流が流れるため、ダイオードのリード線や内部の抵抗の効果が大きく出ます。リード線を含んだ素子の等価回路を次の図のように考えましょう。

ダイオードとESR

ここでリード線含めた素子にかかる電圧Vとし、このうちダイオード部分に実際にかかる素子はV_d、流れる電流をI_dとして考えてみましょう。ダイオード素子にかかる電圧Vを上げていくとI_dが増えるのですが、オームの法則より抵抗Rで電圧降下が起こり、ダイオード部分にかかる電圧はあまり増えなくなっていきます。通常抵抗Rは0.1Ωなどの微小な値なのですが、電圧をかけたときのダイオードには1Aオーダーの電流が流れるため、抵抗による電圧降下が100mVオーダーとかなり大きなことになり無視できなくなっています。この結果、大電流を流した時の電流電圧特性は指数関数よりもゆっくり上昇していくことになります。
ちなみに、寄生抵抗付のダイオードの電流電圧特性は以下の非線形連立方程式を解くことで得られます。ただし、この式は非線形なため紙と鉛筆で(解析的に)解くことはできないため、グラフ的に解くかシミュレータで計算させることが必要になります。

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2.ダイオードの温度特性

ダイオードなどの半導体では温度によって大きく特性が変わります。これは半導体の特性がキャリア濃度に大きく依存することと、キャリア濃度がボルツマン分布に従うことから導かれますが、ここでは深く立ち入らずに電流電圧特性式で議論をしていくことにします。ダイオードの電流電圧特性について、温度に注目して表現すると以下のような式になっています(ショットキーダイオードの場合温度の3乗の部分が2乗に変わったり、バンドギャップの表現が少し変わったりします)。

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 Δ:半導体のバンドギャップ
 A:係数

バンドギャップを超えるほどの電気エネルギーを入れると半導体はバンドギャップを自由に乗り越えるようになり、半導体ではなく金属のような動作をはじめます。そのため通常ではΔ>>qVの関係が常に成立し、その結果温度依存性はI_0(T)の項が支配的になります。この項が支配的なためダイオードは温度が上がれば上がるほど指数関数的に電流が大きくなる素子ということがわかります。

3.ツェナー降伏

今まではダイオードが通常の動作をしていた場合の話をしてきました。しかし、ダイオードには通常とは違う動作モードがあるのでこちらも説明しておきます。

ダイオードに逆方向電圧をかけると漏れ電流が流れ始めますが、さらに大きな電圧をかけるとトンネル効果に由来するツェナー効果や自由電子が原子にぶつかって大量の電子を吐き出すアバランシェ効果によって電流が大量に流れ始め、これ以上電圧をかけられなくなるような挙動をします。このように、逆電圧をかけたときにダイオードに大きな電流が流れる現象をツェナー降伏(ツェナー効果)と呼びます。(以下に参考図

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ツェナー降伏はどのようなダイオードでも起こるものですが、この効果を積極的に利用した素子としてツェナーダイオードと呼ばれる素子があります。ツェナーダイオードはツェナー降伏が起こる電圧が制御された素子で、定電圧を作り出したり、過電圧保護回路で使われています。
例として過電圧保護回路を考えてみましょう。たとえば以下の回路で通常の信号が回路に入った時、ツェナーダイオードは漏れ電流を流すだけで回路にほとんど影響を及ぼしません。しかし過電圧が入った場合にはツェナー降伏が起こりV_zよりも大きな電圧はすべてツェナーダイオードに電流を流すために使われてしまい、被保護回路にはV_zまでしか電圧が上昇しません。この結果、被保護回路は過電圧から保護されることで故障を防ぐことができます。

ツェナー保護回路

ツェナー降伏が起こる電圧(ツェナー電圧V_z)はダイオードの型番によって異なりますが、5Vよりも小さな逆電圧(V_z>-5V)ではツェナー効果が、5Vよりも大きな逆電圧(V_z<-5V)ではアバランシェ効果が優勢になることがわかっています。そしてツェナー効果は温度が上がると電流が流れやすくなる(V_zが0Vに近づく)のに対して、アバランシェ効果は温度が上がると電流が流れにくく(V_zが0Vから遠く)なります。そのため、ツェナーダイオードはツェナー電圧V_zが-5V付近のものを境に温度特性が変わる傾向にあります。また、-5V付近で起こるツェナー降伏ではツェナー効果とアバランシェ効果がせめぎあうため、ツェナーダイオードの温度特性はV_z=-5V付近が最も良い特性となっています。参考に、ROHMのツェナーダイオードのツェナー電圧の温度特性グラフを載せておきます。

ツェナーダイオードの温度特性

ローム_ツェナーダイオード比較

4.ダイオードの動特性

最後にダイオードに直流電圧V_0をかけたときに、小さな信号vが入った場合のダイオードの挙動について見ていきましょう。指数関数を電圧V_0の周りでテイラー展開をすると以下のようになります。

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ここで直流電圧V_0がかかったときの電流I(V_0)とし、交流信号vの振幅がV_0に比べて小さいとすると、電流は次のように近似されます。

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このうち第一項I(V_0)は直流電圧V_0によるものであり、第二項は信号電圧vをかけたことによって流れている電流になります。交流信号についてのみ考えるとダイオードは次の式のように、あたかもコンダクタンスg(または抵抗r)を持つ線形素子のようにふるまいます。

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これは下の図のように、ある直流電圧がかかった時に交流信号をその直流電圧からの微小な電圧変化として考えることで、指数関数を直線で近似したことに対応します。もちろん厳密には直線ではないため電流は上下対称にはなりませんが、信号が微小な場合には良い近似になります。

ダイオードの動的特性

この考え方を採用すると、ダイオードの見かけのコンダクタンス(抵抗の逆数)は事前に流していた直流電流に比例し、この比例係数q/kTはダイオードが27℃の場合39S/Aとなっています。例えばダイオードに直流1mAの電流を流した場合、このダイオードは26Ωの抵抗素子(39mSのコンダクタンス)とみなして良いことになります(26Ωの入力インピーダンスを持つ、と言い換えても良い)。

なお、今回の計算はテイラー展開の第一次項までで打ち切っていますが、二次項目以降を考えることでミキサなど周波数変換の議論もできるようになります。ただし今回はそこまでの議論はしません。

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