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トランジスタによる信号の増幅(エミッタ接地増幅回路)

 前回はトランジスタの基本特性について議論しました。今回はこのトランジスタを使って信号を増幅させることを考えます。トランジスタによる信号増幅はアナログ回路の初めの山場であり、これを理解できればエンジニアとして一歩前進と言っても良いでしょう。

0A.記号の約束

 今回は直流と交流が入り乱れて出てくるので、直流信号は大文字で下に0の添え字をつけます(V_B0やI_C0など)。交流の信号は小文字で表現し(v_BEやi_E)、直流交流が混じった電圧を下付き添え字なしの大文字の記号で表現することにします(V_CやV_BE)。

1.バイアス

 トランジスタは増幅作用があるのですが、これはベースに電流を流すとその100倍から1000倍の電流がコレクタに流れる性質によるものです。そのため、下図のように信号はベースに入れれば良いのですが、単純に電圧信号をベースに入れてもうまく増幅してくれません。

トランジスタのバイアスなし

トランジスタのバイアスなしの電流電圧特性

 これは上の図のように電圧v_inがベースに入っても、その電圧が小さすぎてベースエミッタ間(ダイオード構造をしているため、0.6Vくらいかかるとやっと電流が流れ出すことを思い出してください)に微小な電流しか流れず、コレクタにもほとんど電流が流れないことが理由です。また、入力信号は正負に振動しているためベースが負電圧となる時があり、この時に電流が流れず上下対称な波形にならないこともうまく動作しない理由の一つです。
 そこで、あらかじめベースに電流を流しておくためにベースエミッタ間に十分な直流電圧をかけておく必要があります。これをバイアスと呼びます。日常生活でも考えや立場が偏っていることを「バイアスがかかっている」ということがありますが、電子回路では直流電圧をかけてあらかじめ電圧を偏らせてあげることを指します。
 ちなみに、出力側にあるコンデンサは直流成分をカットするために入れているもので、信号の周波数で十分小さいインピーダンスになっているものを使用することが良いでしょう。

トランジスタのバイアスあり

トランジスタのバイアス有りの電流電圧特性

 上図のようにバイアスを適切にかけることでコレクタにたくさんの電流を流すことができるため、信号の増幅が行えるようになります。さらにベース電圧が負になることを防ぐことができるため上下対称に近い波形を出力も実現できます。ただし、この回路図のバイアスのかけ方は現実にはできないため、抵抗を組み合わせるなどで適切な方法でバイアスをかけてあげる必要があります。適切なバイアスのかけ方は3節と4節で議論しましょう。
 ちなみに、この回路のトポロジーをエミッタがGNDにつながっていることからエミッタ接地回路やエミッタ接地増幅回路と呼びます。

2.信号の増幅量

 バイアスのかけ方は後で考えるとして、適切なバイアスをかけたとき、電気信号がどの程度増幅されるのか考えてみましょう。バイアス電圧V_B0をかけてコレクタに直流電流I_c0=α I_E0が流れているときに、ベースエミッタ間に信号v_inをかけた状況を考えます(図は再掲、さぼりじゃなくて省力化です)。

トランジスタのバイアスあり

トランジスタのバイアス有りの電流電圧特性

 ベースエミッタ間は等価回路で考えるとダイオードになっているため、以前ダイオードの電流ー電圧特性の記事で書いたように、エミッタには以下の式のような電流が流れます。

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 コレクタ電流にはエミッタ電流のα倍の電流が流れるため、コレクタ電流は以下の式で書くことができます。

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 この電流によって抵抗Rで電圧降下が起こるため、コレクタの電圧V_cとこれをコンデンサで直流カットしたv_outは以下の式のように表されます。

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 この結果は、トランジスタによる信号の電圧増幅度はコレクタに置いた抵抗とトランジスタのバイアス電流で決まることを示しています。私にとって、電圧増幅度が電流増幅率に対してほとんど効いてこないことが意外だったことを思い出しますが、結果としてはこのような結果になっています。
 なお、バイアスによって決まるR以外の部分を相互コンダクタンスg_mと呼び、以下の式で定義されます。

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 以上をまとめると、トランジスタを用いることで入力電圧が以下のように増幅されることになります。符号が負なのは出力電圧が入力電圧に対して位相反転していることを示しています。また、入出力電圧の比Aの絶対値を(電圧)利得と呼び、対数をとってdB表示することが多いです。

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 相互コンダクタンスg_mはトランジスタの種類や型番によらず温度とコレクタ電流で決まります。たとえば常温(27℃)で1mAの場合いつも39mSです。そのため、もし理想的なトランジスタがあればトランジスタはnpnとpnpの2種類だけあればよいことになります。ですが、実際のトランジスタにこれだけ型番があるのは、周波数特性が良いものや電流増幅度が高いもの、飽和コレクタ-エミッタ電圧の低いもの、さらには定格電圧の大きいものなど、様々な特徴の良いところをすべての併せ持った素子を作ることができないため、目的に応じて特徴を取捨選択した結果です。

3.バイアスの決め方

 トランジスタによる電圧利得の考え方がわかったところで、バイアス電流をどの程度流すかの決め方を説明します。
 バイアス電流を決める基本方針は、信号出力が歪まないよう抵抗Rとともに決めるというものになります。トランジスタのコレクタ-エミッタ電圧についてキルヒホッフの法則を適用すると以下の式が現れます。

トランジスタのコレクタエミッタ方向の電圧の式

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 この式とは別に、トランジスタのI_CとV_CEの間には下のグラフのようにベース電流だけでほぼ決まるような電流電圧特性があります。

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 この二つの条件を同時に満たすような条件で、トランジスタに流れるコレクタ電流I_Cとコレクタ-エミッタ間電圧V_CEが決定されます。数学的にはトランジスタのI_CとV_CEの関係式と、キルヒホッフの法則からなる式の連立方程式ですが、非線形方程式のため解析的には解けません。そのためよくやる方法として、下の図のようにグラフ上の二つの線が交わる点が実際に実現する電流と電圧と考えます。下の図ではこの考え方からバイアスが加わった時のコレクタ電流I_C0とコレクタ-エミッタ電圧V_CE0(これらを動作点と呼びます)を求めています。

トランジスタの動作点

 この状態からベースに電圧信号を入力するとベース電流が振動変化するためトランジスタの特性が入力信号に応じて変化します。その結果、下図のようにコレクタ電流とコレクタ-エミッタ間電圧が時間振動します(I_Bの値はイメージ)。このときの電圧波形(電流波形)が出力される電圧信号の形になっているため、下の図では歪みが少ない信号が出力されている状態と言えます。

トランジスタの動作点と信号

 トランジスタでは、コレクタ-エミッタ間電圧はV_CCと0V(正確に言うと0Vではなく飽和コレクタ-エミッタ間電圧)の間でしか動作しないため、下図のようにもともとの動作点が偏っていると信号がベースに入った時に出力される信号に歪みが発生します(電圧がクリップされる、などといいます)。

トランジスタの動作点と信号(ダメな例)

 これを防ぐためには、二つ上の図のようにコレクタ-エミッタ間電圧がV_CC/2近くになるようなバイアスをかけることで、歪みの少ないトランジスタ回路とすることができます(飽和コレクタ-エミッタ間電圧の影響まで考えるとなおよい)。
 このように、歪みが発生しないような動作点となるようにバイアスと抵抗Rを決めてあげる必要があります。

4.バイアスの作り方

 前節でバイアスをどの程度流せばよいかということについて議論しました。この節ではバイアスをどうやって作ればよいかについて簡単にですが議論します。
 よく使われる方法として、抵抗を2つ使う方法があります。ベースに流れる電流はとても小さいため、抵抗で分圧することでベースに適切な電圧(0.6V)をかけることができます。このとき消費電流をケチって抵抗を大きくしすぎるとベース電流が無視できなくなり、分圧がうまくいかなくなります(初心者時代、よくこのような設計ミスをしていました)。逆に抵抗を小さくしすぎると交流電流が抵抗にも流れ出すようになり回路全体の入力インピーダンスが小さくなることから、ロー出しハイ受けが難しくなる可能性があることにも留意が必要です。

トランジスタの固定バイアス回路

 また、上の回路は所望の電圧をベースに加えるということは達成できますが、トランジスタの温度変化などによるバイアス電流の変化に対処できません。そのため、より発展した方法として以下の回路のようにエミッタ側にフィードバック抵抗R_FBとバイパスコンデンサC_BPを付けた回路もよく使われます。

トランジスタのFBバイアス回路

 エミッタ側に追加したフィードバック抵抗R_FBは下の図のように、①バイアス電流(コレクタ電流)が大きくなろうとしたときに、②R_FBによってエミッタ電圧が上昇し、③ベース-エミッタ間電圧が小さくなり、④バイアス電流が小さくなろうとします。この結果、バイアス電流は温度変化などで電流が変わろうとしても自動で元に戻そうとする機構を持つことになり、バイアス電流を安定化させることができます。このように自動で出力量(この場合バイアス電流)が安定化されるような機構をフィードバック(FB)と呼び、アナログ回路全般でこのようなFBがよく使われています。

トランジスタのFBバイアス回路_バイアス電流増加時

 フィードバック抵抗R_FBによってバイアスは安定化しますが、交流信号にとってエミッタが接地(GND接続)されなくなるため動作が変わってしまいます。そこで、大きめの容量のコンデンサ(バイパスコンデンサ)をR_FBに並列に追加しています。このバイパスコンデンサは信号周波数でインピーダンスが十分小さいため、交流信号から見るとエミッタがGNDに直接つながっているように見え、最初に考えた通りの動作をするようになります。
 なお、フィードバック抵抗をつけたことで適切な動作点は変わってしまっているので、適切な動作点の設計は当然必要になっています。

5.入出力インピーダンス

 最後に、この回路の入出力インピーダンスについて考えてみます。ここで言う入出力インピーダンスは、バイアスがかかった状態において交流信号から見た入出力インピーダンスです。この入出力インピーダンスについて考えるためには、Ebers-Mollの等価回路を考えると理解しやすいです。

5-1.入力インピーダンス
 入力インピーダンスを考えるための等価回路は下の図のようになります(バイアスは流れているものとして考えているため、バイアスに関する素子は省いています)。ここで定電流回路はインピーダンスが無限大の素子と考えることができるため、ここより先はどのような素子があっても影響がないと考えることができ、省略しています。

トランジスタの入力インピーダンス

 右側の等価回路でダイオードの部分では、ダイオードの動特性で議論したように以下の式のようなコンダクタンスg(もしくはその逆数r)を使ってv_Bとi_Eの関係を求めることができます。なお、このgは相互コンダクタンスg_mと係数αだけ異なっています。たくさんのgが出てくると大変なので以下ではg_mで議論を統一しましょう。

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 ここで、キルヒホッフの法則からi_Bは以下の式でi_E及びi_Cと結びついています。

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 入力インピーダンスはv_Bとi_Bの比で表されることから、以下の式のようにまとめることができます。αという値がきれいに消えて電流増幅率β(=h_fe)で書くことができるのはわかりやすくて良いですね。

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5-2.出力インピーダンス
 出力インピーダンスは下の図のように考えると考えやすいです。定電流回路部分はやはりインピーダンス無限大なのでその先を無視することができます。そのため回路の出力部分である水色の部分は矢印で抜き出したような回路と考えても出力インピーダンスは同じになります。この簡略化した回路は、「入出力インピーダンスとは」のところで議論した定電流回路の出力インピーダンスの回路と全く同じことから、出力インピーダンスはRであることがわかります。

トランジスタの出力インピーダンス

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