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ラストシーン

朝の通勤電車で見かける顔ぶれの中に、櫻井翔くん似の男がいる。

似ていると言っても、ズバリ言えるのは髪の毛が生えている事と耳が左右についている事ぐらいだけど、このクソ暑いのに毎日マスクをしてるから、実はホンモノなのかもしれない。

社会人失格というより「人としてどうなの?」ぐらいに人の顔を覚えるのが苦手な自分の心に、この男が印象を残していくだけの理由があった。

男はいつでも、膝の上に置いた手提げカバンの奥深くに両手を突っ込んだままなのだ。終着駅に着いてもすぐには降りず、しばらくはそのままの姿で目を閉じて座っているので、数年に亘り何度も男を目撃してきたものの、手首から先の存在を確認したことがない。

おかげで世の中で起きている事よりも、カバンの中で起きている事が気になって想像力を描き立ててくれる。

・子猫と一緒に出勤してて愛撫してる

・なんかの熱心な信者でなんか祈ってる

・超ブラインドタッチで原稿書いてる

・轆轤を回してて出勤したら窯に入れる

・例の箱を開いちゃって必死に閉じてるんだけど、実はもう希望すら残ってない…

とか。


電車が終着のターミナルへ滑り込むと、自分は意を決した。

男が目を閉じている隙を見て、つまづいてコケるフリして両手が差し込まれた手提げカバンを勢いよく引き抜いてやったのだ。

「イテテテテ…」

白々しく呟いて、男の顔を見るとまだ何が起きたのか呑み込めていない様子で座ってる。ふと傍らに落ちた男のカバンに目をやると、側面にペットボトルの底ぐらいの穴。

立ち上がった男の姿から、カバンの穴の意味を瞬時に理解したが、床に転げたままの自分は腰を抜かしてしまった。二分休符ほどの間を置いて、天井をも突き破る悲鳴。ホーム上では非常停止ボタンが押されたのか、クイズ番組の不正解音みたいな警報が大音量で絶望的に鳴り響く。

呆然と立ち尽くす男の顔を見ながら尻もちの姿勢のまま、熊と遭遇した時の正しい対処法のように後ずさりする。徐ろにドリーバックする視界の奥で逃げ惑う乗客たちの動きはスローモーションに切り替わり、男の全身と共に写し出されたのは、男性特有の股間の持ち物「アメリカンクラッカー」…


…て映画、誰か撮ってくれないかなぁ…。もちろん主役は翔くんで

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