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蛇腹⑨



「まもなく終点…かだま空港です」

気持ちが籠らないこの声は運転手の肉声だ。自動音声と同じく、おかだまなのかあかだまなのか、はっきりしない口調だ。

だが、次のアナウンスはどこか愉しげに聞こえた。

「本日は下着の忘れ物が多くなっています。お降りの際はお手回り品にご注意下さい」

僕は未だに着衣を戻していないことに気がついた。ベルトを緩めチャックだけ下ろしただけの、行為を満喫するには自由度が足りない格好のままだったが、それだけ没頭していたのだろう。

始めは求めざる状況だったにも関わらず、成り行き上応戦しないわけには行かなくなり、相手がそれを求めていたかはわからないが、結果的に自分だけが昇天し女を満足させることはできなかった。

僕にとってこの行為とは、どんな場合でもお互いが気持ちヨくなる事にこそ拘るべきだと日頃から考えているのだが、その意味では今回は一方的に惨敗と言わざるを得ない。

初めてのスキーで斜面から突き落とされた時に感じた、敗北感に似た感情が沸き出していた。

ふと窓際に取り付けられた、【とまります】と記されたボタンを幼い子どもが誰かと争うかのように押した。

「はい、次、とまります」
自動音声は押されたボタンに応えたが、一度では止まらず、幾度も繰り返し応え続ける。

「はい、次、とまります」
「はい、次、とまります」
「はい、次、とまります」
「はい、次、とまります」
「はい、次、とまります」……

機器の不調なんだなと思っていると、運転手が

「あぁあ、次、とまっちゃうんだねぇ…」と意味ありげに呟いたのが、スイッチを切り忘れたマイクが拾い、車内に響いた。

それを聞いた他の乗客達は一瞬ざわめいたのを、僕は気にも留めていなかった。

バスは空港の小さなターミナルに横付けされた。
女は未だに下半身を丸出しの僕を尻目に、前方の出口から降りてしまった。僕はチャックを閉めながら情けない姿で後を追う。
料金を支払おうと紙幣をまごつく両替機にどうにか投入すると、ザカザカと乱暴に硬貨が弾き出されるのと同時に

「料金ならお連れの人が支払いましたよ」

と足元の雪を気にしながらターミナルの入口へ向かう女を運転手は指差した。

無用に崩されてしまった小銭たちを両替機の受け皿から無意識に掬いとると、硬貨とは明らかに異なる手触りの個体があることに気がついた。

見るとそれは、この前商店街で抽選器を回したときに弾き出された特賞の玉に似たパチンコ玉ほどの小さな赤い玉だった。

先に行ってしまった女の行方が気になってしまい、僕は手のひらを拡げ、指先へと転がしてその玉を受け皿へ戻した。


「チリン」


…つづく

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