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蛇腹③


意識が戻ったのは新千歳空港の到着ロビーだった。職場のメンバーが私服で勢揃いしている。
「あぁ…、慰安旅行か…」

意識と居場所が唐突に飛んでしまう事を、半ば諦めたかのように体が順応してしまっている。
が、この旅行中にも、いつどこで再び意識が飛び、空間移動してしまうかは自分にすらわからないのだ。

今日は土曜だ。明日には東京に戻らなくてはいけないのは僕だけではない。
おそらく今日は札幌市内を観光し、夜はジンギスカンで酒盛りだろう。であれば明日は小樽で贅沢な海鮮を食い、午後の便で帰るんだろう。幹事が誰かは知らないが、こいつらが思いつきそうな事は手に取るように分かる。

「はぁ…くだらねえ…」

心の声が小さな呟きになってしまったのか、空港から札幌に向かう列車で隣に座った見覚えこそあるが名前を知らない社員が驚いたように顔を向けたが、それには無視を決め込んだ。

快速エアポートがホームに滑り込み、同僚たちは札幌駅に降り立った。僕は仲間たちの輪から距離を保ち、隙を見て足早にその場を離れた。
仕事でさえ鬱陶しいのに貴重な休日をこんなヤツらと過ごすなんて御免だ。

改札を抜けると、土地勘があるわけではないが、宛もなく地下街をすすきの方面へ歩を進める。
大通公園のあたりで地上に出ると粉雪が舞っている。

寒い。

根雪には程遠いが街路樹はクリスマスツリーのように雪化粧を施されている。

「コインロッカーに入れてくるんだった…」
道端に除けられた雪の塊にキャスターバッグの車輪を何度も捕られ、その度にもたつく。

ふと周囲を見渡した。同僚は誰一人追いかけてきていなかった。好都合なのだが少し寂しく感じてしまう自分の心に苛ついた。

目に入った、案内板がとりあえずの行き先を決めてくれた。

【バスセンターまで400m】

バスタ新宿のようなものを想像したが、到着したところは地方都市にありがちなビルの一階をたくさんの乗り場のためにくり抜いたようなバスの発着所だった。

「こんなところでで何してるのよ?」
背後から聞き覚えのある声と共に肩口を掴まれた。


…つづく

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