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やっぱり心地よい距離感の人と一緒にいたい

距離感って、大事だ。

誰かと一緒に過ごすのに、近すぎず、遠すぎず。この距離が一致する人とやっぱり一緒にいたい。

できるなら、お互いの距離の縮め方というか、至近距離まで寄ってくスピード感も、だいたい同じ人がいい。

この距離感って、コミュニケーションをどれぐらい気軽にとるかと、その頻度と内容で成り立っていていると思う。
あくまでここで書きたいのは、プライベートでの一対一のコミュニケーションの話。

例えばその場のノリ(お互い興味がある、すごく気が合った、ではなく本当にノリと流れ)で連絡先を交換した(と自分は思っている)人から、その後本当に連絡がきた時、身構えてしまうことはないだろうか。

わたしはある。人に心を開くのに時間がかかる人間なので、大いにある。そういう経緯での人間関係にいい思い出がないからか、連絡先を交換した時点で既に心のどこかで、「連絡来ないといいな」と思っている。

だから連絡が来ると、「あ〜来ちゃったよ…」となって返信するのが億劫になって、ついつい間を置く。

ゆえに、知らない人とアプリで知り合う、みたいなコミュニケーションの入り口が本当に苦手で、語学学習を目的に友達を作るアプリに登録してみたものの、知らない人からメッセージが来た瞬間に怖くなり、速攻でアプリを消した。(あの時メッセージをくれた人ごめんなさい)

わたしにとってこの気軽さでのコミュニケーションは、難しいを通り越して無理の域に近い。

もちろんそこで何かが芽生えることもあるのだろうけど、その可能性と自分の心境を天秤にかけたら、圧倒的に自分の心境を優先したい気持ちが勝つ。

そして仮に、連絡が来てもビビらない間柄になったとして、今度は頻度と内容の掛け算が距離感の指標になってくる。

一日に一回の「元気?」と、半年に一回の「元気?」は違う。

前者は常に生存確認をしておきたいの人(パートナーや家族)に対してで、後者はどうしてるか近況を知りたい人に対しての呼びかけ、というのがわたしの中での基準。

たまに近況を報告し合う仲、と思っている人から一日に一回「元気?」が来るとやっぱりなんか窮屈だし、パートナーや家族から生存報告をし合うのが半年に一回だと心が持たない。

これらはわたしの基準であって、初対面でも相手のことをほとんど知らなくても円滑に連絡を取り合える人もいるだろうし、毎日「元気?」を送りあえる間柄をたくさん持っている人もきっといる。

みんなそれぞれ違う価値観の距離感を持っている上で、今の自分の中の人間関係は、この距離感を基準に、積み重ねてきたもの。その超個人の感覚的なところをクリアして残っている関係って、改めて、尊い。



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