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ワインのネズミ臭(マメ臭)について

海外では「Mousy off-flavor」(ネズミ臭)と言われ、日本の多くでは「マメ臭」と言われるこのワインの欠陥臭について。

レポートで "Analytical determination of mousy off-flavors in wine" つまり「ネズミ臭の分析について」を書いたので、それを元に日本語でもまとめていきます。


はじめに

ワインのネズミ臭についての最初の報告のひとつは、1894年には既に存在しています。ネズミ臭のオフフレーバーは近年増加しており、これは自然派ワイン運動が一因だと言われています。この10年で自分たちのワインに何も加えないことを望むこの限定的なワインメーカーのグループは、ひとつのムーブメントに成長しました。添加物を一切使用せずに発酵を進め、プロセスの後半や瓶詰めの直前にSO2を加えるだけというのがほぼ主流となっています。そのため、腐敗酵母やバクテリアに感染しやすくなっています。ネズミ臭の原因は広範囲に研究されており、腐敗酵母であるDekkera/Brettanomyces、特定の乳酸菌(LAB)特にLactobacillus種の代謝活動に関連していると言われています。しかし、ネズミ臭のオフフレーバーはむしろゆっくりとしたメイラード反応の産物であり、微生物の影響によるものではないとする反対の報告もあります。


化合物と生合成経路

Dekkera/BrettanomycesとLABがワイン中にネズミ臭のオフフレーバー化合物を生成する生合成経路は不明ですが、その生成に必要な条件は確立されています。DekkeraとBrettanomyces、LABからネズミ臭の原因となるN-ヘテロサイクル塩基は、

2-ethyltetrahydropyridine(エチルテトラヒドロピリジン)(ETHP)

2-acetyltetrahydopyridine(アセチルテトラヒドロピリジン)(ATHP)

2-acetylpyrroline(アセチルピロリン)(APY)

の3つがあります。

これらのうち、ATHPとAPYが最も強力で、水中の臭気閾値はそれぞれ1.6μg/Lと0.1μg/Lです。ネズミ臭のオフフレーバーに悩まされるワインには、ETHP(2.7〜18.7μg/L)、ATHP(最大7.8μg/L)、APY(4.8〜106μg/L)のいずれかまたは複数が含まれていることがわかっています。DekkeraとBrettanomycesはこれらの化合物のうち少なくとも2つを生産する能力があり、LABは3つすべてを生産する能力があることが示されています。


テイスティング分析

テイスティング表現にはばらつきがあり、汚いネズミのケージ、ポップコーン、米、クラッカー、パンの耳、乾燥したソーセージの皮、嘔吐物、汚れたモップなどを挙げる試飲者もいます。オフフレーバーの表現にばらつきがあるのは、この香りに関与するさまざまな化合物、その濃度、マトリックス効果、個々の検出能力が関係していると考えられます。

ネズミ臭は原因となる化合物(ETHP、ATHP、APY)がワインのpHでは十分に揮発しないため、通常は香りでは明らかになりませんが、レトロナザル(口に含んだ後の香り)評価では感じられます。口腔内のpHは、ワインのpH(2.8-3.8)よりも高い(7付近)ため、ワインが唾液と接触するとpHが上昇し、化合物が芳香を帯びた形に戻ります。しかし、ネズミ臭を識別する能力には遺伝的素因があり、結果として知覚にばらつきが生じます。また、口内の唾液や舌の表面のpHとオフフレーバーを感知する能力には相関関係があり、非常に敏感な人もいれば、全く敏感ではない人もいます。

さらに,様々な鍵となる化合物に対する感度の個人差が,このネズミ臭の定量的・定性的な評価に直接影響します。APYについては、個人の検出閾値の測定(嗅覚感度評価)により、最低濃度と最高濃度の間の希釈率が1,000を超えることが明らかになりました。

テイスティング分析の観点から、ワインのネズミ臭の検出、識別、特徴づけにはコンセンサスが得られていません。pHを5前後に調整することでセグメンテーション能力が高まり、パネリスト間の良好なコンセンサスが確保されます。

実際にワインそのものを試飲せずに、ワインのネズミ臭を検出する手法があります。「手のひらで嗅ぐ」という方法で、手の甲にワインをこすりつけ、肌に近いところで嗅ぎます。皮膚との接触によってワインのpHが上昇し、ワインにネズミ臭が存在する場合には手からネズミ臭を嗅ぐことができます。


実験に基づく分析

(実験室でどのようにネズミ臭を分析するか、という内容なので興味のない人は読み飛ばしてください)

3つの化合物の貢献度と重要性が証明されていないため、実用的で信頼性の高いネズミ臭の関連化合物の検出・定量法は存在していませんでした。そのため、ワインのネズミ臭を客観的に測定することができず、ネズミ臭の発生を防止・軽減するための研究に支障をきたしていました。

しかし、近年、ワイン中のATHPおよびAPYを定量するためのHPLC-MS法が早坂氏によって開発されました。(オーストラリアの研究所AWRIの日本人研究者!)

高速液体クロマトグラフィー質量分析法(HPLC-MS)は、非常に汎用性の高い機器技術であり、そのルーツは、もともとガスクロマトグラフィー(GC)のために開発された理論や機器に、より伝統的な液体クロマトグラフィーを応用したもので、GCと比較して、HPLCは加熱やpHの影響をより制御しやすい分離技術であり、ワイン中のATHPとAPYの定量的な検出に有利に働きます。

この方法は、準備段階でワインサンプルをろ過し、水酸化アンモニウム(NH4OH)を加えて塩基性化した後、HPLCに注入するというシンプルで迅速なものです。塩析を行う理由は、pH値が3.0~4.0のワインに含まれるATHPのほとんどがエナミン型であるため、分離が悪くなるためです。バシフィケーションにより、pH値が約9.0まで上昇し、ワインをHPLCに注入すると、ATHPはイミン型に変化し、容易に分離されるようになります。このため、HPLC-MSによる定量には、ワインサンプルの塩基性化が必須となります。この方法は、サンプルの前処理としてろ過と塩基性化のみを必要とし、1つのサンプルでの実行時間は約17分です。この方法は、ワインのネズミ臭の検出に使用できる信頼性、および十分な感度を備えていることが確認され、ワイン中のATHPの分析のための最初の実用的なプロトコルとなりました。


結論

ネズミ臭の分析測定はまだ発展途上の段階であり、この問題の定量的な測定にHPLC-MSが有効であることがわかったのは、2019年のことです。ATHPがネズミ臭の理想的なマーカー化合物であるかどうかを検討し、他の化合物の寄与を評価する必要があります。

もう一つの大きな課題は、ワインのネズミ臭の発生をいかにして抑えるかを探ることです。現在のところ、ネズミ臭を除去する方法はなく、ブレンドして薄めることができるかどうか、といったところです。

ネズミ臭を予防する上で最も重要なことが、これらの化合物を生成する Brettanomyces/Dekkera、LABをコントロールすることが重要です。


まとめ

と、ここまでが僕がレポートで書いたもので、色々と省きながらまとめました。

僕の学校のクラスメイトは自然派ワイン・ナチュールワインにについては反対派、というか好まない人が多いです。やはり醸造学などを学ぶ過程で、VAやブレットについて欠陥臭!という認識が強いからなのかもしれません。

「人智を尽くして発展させてきたワイン造りをなぜ否定するんだ」と友達は言っていました。これについては「その発展させてきたワイン造りのせいで環境は破壊されている」とか、「原点回帰というのは業界にとって一つの流行だ」とか色々議論して面白かったですが。

僕はなるべく公平で見て、自然派ワインも一つのワインの形と捉えています。というか良いものは大好きです。

ただ、そこにこだわるあまりSO2を添加しないことが「良し」とされていることについては反対で、結果ここで説明したような「ネズミ臭」に繋がってしまうこともあります。

やはり順番を間違ってはいけませんよね。

良いワインを造ろうとした結果SO2はそんなにいらないよね、なのか

SO2の添加が少ないワインは良いワインだ、なのか


また自然派ワインについては色々まとめていきたいと思います。



参考文献

Costello, P. J. (1998). FORMATION OF MOUSY OFF-FLAV by. Ph.D. Thesis. University of Adelaide, Australia, November.
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Yoji Hayasaka, Geoff Cowey, A. C. (2020). A tool for catching mice in wine: development and application of a method for the detection of mousy off-flavour compounds in wine


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