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パブで立つイギリス人、カフェで座るフランス人①

筆者はイギリス、フランス両国に住んだ経験があります。イギリスとフランスは隣国で、大きなライバル同士で、イギリス人フランス人はお互いにプライドむき出しで皮肉交じりの冗談(本気?)を言い合っているのをよく聞きます。

イギリス人に言わせれば「フランス人、英語へたくそ」「愚痴ばっか」「いつも機嫌悪そう」「偉そう」

フランス人に言わせれば「ご飯、美味しくない」「天気いつも悪い、暗い」「イギリス人上っ面で何考えてるかわからん」

らしい。

僕はイギリス、フランス両方大好きなのでどっちかの肩を持つことはないが、両者言ってること全て当たっていると思う。面白いほど当たっている。本人達にはこう言われている、このように思われているという自覚はないと思う。なぜなら自国の文化がいちばんで、自分たちを常に評価を下すポジションに置いて、それを保とうとしているからである。

僕は常々、イギリスとフランスは隣国なのになぜここまで考え方、スタイルが違うのか、と感じていました。

僕は、イギリスのパブで働いた経験があり、そして現在はフランスのカフェ(ブラッセリー)で働いています。実際に働いて、たくさんの人間観察を経て至った答えは

イギリス、フランスの文化はパブ文化、カフェ文化に凝縮されている


ということでした。今回はこのような視点から、イギリスのパブ文化とフランスのカフェ文化を比較、考察して行きたいと思う。



理想のパブとは

仕事終わりに仲間とパブに行ってビールを一杯飲んで、家路につく。もしくはお気に入りのパブに行って端っこで新聞を読みながらゆっくりと過ごす。これは、イギリス人の典型的なパブでの時間の過ごし方だ。イギリス人はそれぞれ思い入れのあるパブがあるという。

 「1984」や「動物農場」で知られるイギリスを代表する文学者ジョージオーウェルは、1946年に新聞に寄せたエッセイの中で理想のパブについて語っている。そのパブは "The moon under the water" という名前で、理想のパブに必要な10つの要素をあげている。

1、ヴィクトリアン様式であること

2, ダーツのゲームは限られた部屋でしかできないようになっている。これでダーツが飛んでくる心配はない

3,  喋れるくらい静かであること。ラジオもピアノも設置されていないこと

4,  Barman(バーマン)は常連の名前と、趣味を知っていること

5,  タバコとアスピリンと切手が売られていること。客が必要であれば電話を使わせてくれること

6, レバーソーセージを挟んだサンドウィッチやムール貝、チーズ、ピクルス、ウイキョウのタネが入ったビスケットがカウンターで食べられること

7, 二階のレストランの部屋のみで、週6日しっかりしたランチが提供されていること。

8, クリーミーな生のスタウトが飲めること

9,  決してハンドルのないグラスにビールが注がれないこと(蓋つきの陶器のジョッキになみなみと注がれなければならない)

10, パブの細い廊下を抜けると大きな庭があること。夏になれば大人はビールを、子どもたちはサイダーを飲みながら、家族と一緒に夕暮れを楽しむことができる


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ジョージオーウェルが掲げた理想のパブ像は、今のイギリス人の心の中にも確実に残っているし、影響を与え続けている。ガストロノミーの流れを取り入れたガストロパブの現出や、大規模なパブのチェーン化を経た今でも、このようなパブは存在する。

僕は、ジョージオーウェルが掲げた理想の10項目を満たすパブを見つけるためにパブ巡りをしたことがある。ロンドン市内でこのようなパブを見つけるのは非常に難しいが、少し田舎の方に行くと今でも地元に愛された何百年もの歴史をもつパブを見つけることができる。そのようなパブはかつて、教会と共に地域のコミュニティを維持する役割があったそうだ。

もう一度、理想のパブに必要な10項目に話を戻す。ジョージオーウェルの理想のパブ像では、Barmanと客の親密性、ビールのクオリティがとても大事であると強調されている。ビールのクオリティの方が料理よりも大切で、ビールを飲む場所とランチを食べる場所は分けられるべきだ、としている。

お客とバーマンの関係性、ビールのクオリティ(個人で楽しむパブ)、庭で家族とサイダー、ビール、ランチをワイワイ楽しむ(集団で楽しむパブ)。この二つの空間は完全に分けられるべきなのである。僕にはこの二面性がパブ文化の根底を成しているように思える。もともと、イギリスでは社会階級があったせいか、中流階級は(Saloon Bar)、労働者階級は(Public bar)というように、パブの中でも部屋が分けられていた。同じ建物、空間の中でもお客はそのマナーをまもらなければなかったし、バーマンもそれなりの威厳を持って接客をしていたのである。


パブのいま

今のパブはジョージオーウェルが掲げる理想のパブとは少しかけ離れるかもしれないが、現代のパブでも同僚や友達とビールを楽しむ上でいくつかのルールというか、しきたりみたいなものがあります。


Round ラウンド

ラウンドは簡単にいうと、奢り合ってビールを飲み進めていくというものだ。パブに行ったら、まずは飲み物の注文をする。テーブルに注文を取りにきてもらうのを待っているのではなく、自分からバー・カウンターに行ってオーダーしなければならない。グループで出かけたときには、全員でカウンターに押しかけてはいけない。仲間内の一人が全員分の飲み物を注文するのが一般的で、支払いも注文した人がする。つまり、他の人の分もおごるのだ。このようにして、注文、支払いが順番にラウンドしていく。例えば5人で行った場合は、必然的に5杯のビールを飲むことになる。もちろん強制ではないので、お酒が弱い人は途中でストップすることもできる。ラウンドは、仲間と友情や絆を深めていくイギリス特有のパブでの社交術の一つである。ラウンドは単純に見えるが、すごくイギリス的だと思う。グループで一番最初にラウンドを申し出る人は紳士的だし、周りに気配りのできる人だと思う。


見えない列に「並ぶ」

パブのバーマンに求められる能力の一つに「見えない列をみる」というものがある。イギリスで、並ぶ、列をなすというのはとても大事なことで、もはやそれは一つの文化である。その秩序を見出すものは周りから、相当嫌な目で見られることになる。パブもその例外ではない。しかし、パブには目立つような列は見られない。お客さんは絶えずカウンターに駆けつけ、ランダムに注文しているように見られる。しかし、バーマンはどのお客さんが最初で次が誰かを理解している。順番に注文を聞いているのだ。それはもう特殊能力である。あの混雑したカウンターでお客の注文を覚え、ビールを注ぎ、支払いを済ませ、なおかつ次のお客が誰かまで見えているのである。これができるのは本当のプロのパブリカンである。もし、バーマンがまだ働き始めでお客の列を見る余裕がないときは、お客同士で誰が最初だったのか声を掛け合い、譲り合う。リスペクトである。パブという社交場をみんなで楽しむために、互いの距離感というものを大事にし、誰も嫌な思いをしないように見えない列を意識するイギリス人、そしてそれを管理するバーマンの特殊能力。パブって本当に魅力的な場所だと思う。


カスクコンディションビール(リアルエール)

ビール好きからすれば、イギリスのパブは天国だ。ビールのバリエーションが本当に豊富である。僕は「カスクコンディションエール(リアルエール)」と呼ばれる昔ながらのビールが大好きだ。カスクとは、樽のことである。「カスクコンディションビール」は「若ビール」の状態のビールのことで、発酵が終了した状態の発酵液で、ビール本来の味、香りはまだ十分でない状態である。つまり、熟成のためにパブの庫内に数週間置いておき、バーマンのこれだ!という一番美味しいタイミングでビールは提供されなければならないのである。ビールを管理する能力とセンスが試されているのである。ハンドポンプで注がれる、最高の状態のビールはもはやアートである。ビールの泡が蓋の役割を果たし、ちびちび飲んでいてもずっと美味しくて、そのビールは最後の一滴まで最高の状態のまま僕の胃の中に到達する。僕はこの一杯のためならどこにでも駆けつけることができる。それぐらい感動する一杯なのだ。

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ドリンクのバリエーションが豊富

昔ながらのパブにはどこか男臭さというか、男のコミュニティみたいなものが既にあって女性が立ち入りづらい雰囲気があった。しかし、今ではそんなことはなく、バーマンに気軽にオススメのビールを頼むことができるし、カクテルやワインを数種類提供しているパブも多い。試飲も気軽に頼めるので、迷ったらバーマンに話してみたほうがいい。あなたの好きな一杯を丁寧に探してくれるはずだ。

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ガストロパブの登場

従来のパブでは、ビールやパブの作りに重点が置かれ、食べ物の質はあまり重要視されていなかった。パブはビールやジンを飲むための場所で、食事は出されてもプラウマンズ・ランチ(農夫のランチ)と呼ばれる加熱しない軽食が出される程度だった。しかし、21世紀に入ってからフランスのガストロノミーを取り入れたパブが出現し始める。ガストロノミーとは、フランス語で「美食」を意味し、テクニックと上質な素材、シェフのクリエイティビティーを駆使して美食を追求することを意味する。イギリスでは、当時この流れが従来のパブの文化を消し去ってしまうのではないか、という心配もあったが、今ではパブの文化とガストロノミーはうまく融合しているといえます。僕は、イギリスに住んでいる時ガストロパブで働いた経験があります。そのパブは比較的富裕層が集まる地域に位置しているパブで、平日、週末問わず常連のお客さんが駆け込むとても忙しいパブでした。料理も、フレンチやスペイン料理の技法を取り入れた料理を提供し、日替わりメニューも提供するなど、まさにガストロノミーに力を入れていたパブでした。

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サンデーロースト

パブを語る上で、サンデーローストは欠かせません。サンデーローストは日曜日にだけ食べることのできるイギリスの伝統料理です。基本的に、温野菜(もしくはグリルされた野菜)、ヨークシャープディング、お肉(ラム、ビーフ、ポーク、チキン)にたくさんのグレイビーソースがかけられた一皿のことを指します。日曜に、テラスで家族や友達とワイワイしながら食べるサンデーローストは特別です。これを食べたら、イギリス料理が不味いなんて決して言えないはずです。

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パブで立つイギリス人

この記事のタイトルにもあるように、イギリス人はたってビールを飲む。夏の晴れた日にパブに行くと、入口らへんに人が溢れ出していて、みんな立ち飲みしながら太陽を楽しんでいるようにも見える。中に入ってみると、人がいなくてテーブル全て空席だったりする。本当に不思議である。僕はそこまでして、あの狭い空間で立ち飲みして外で飲みたいと思わない。冬の寒さの中でも、外で立ってビールを飲んでいる人々を見ることがある。イギリス人は、外で立ってビールを飲むのが好きなのだろうか、と思っていたが、それがなぜなのかは未だにわからない。この謎が解ければ、パブ文化の真髄というか、もっと深いところが見えると思う。もっとパブに通わなければ。

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まとめ

僕にとってパブは、シックだけどダイナミックで、人が引き寄せられて行くパワースポットみたいなところです。イギリスに住んでいる時、お気に入りのパブがいくつかありました。よそ者の僕でも、すぐに馴染んでいけるあの空間は本当に特殊だと思います。今はフランスに住んでいるのですが、イギリスのパブみたいな場所はここにはありません。この記事を書いているうちに喉はカラカラになってしまって、あのパブのビールが恋しくなってしまっている自分がいます。

フランスにパブはありませんがカフェがあります。このカフェ文化もとても興味深いです。パブについて書いているうちに少し熱くなって長くなってしまったのでフランスのカフェ文化については次回の記事で書きたいと思います。



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