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フリーライターって辛いですか

真っ白なパソコン画面を見つめて、真っ白になる。

あれ、何を書こうとしてたんだっけーー。

一瞬の無のあと、またキーボードを叩き始める。


朝から晩までパソコンに向かってひたすら言葉を紡ぎ続ける。それは子どものころから憧れていたことだった。

23歳で「フリーライター」の名刺を持ち始めてから10年以上が経つ。

振り返るとスタートは無謀だったとしか言えない。

困窮した実家、夢ばかり語ってお金を使ってばかりの父親のほか、借金あり、貯金なし、コネなし、彼氏なし。愛だの恋だの言いたかったのに。
家族6人で暮らしていた家はたまに公共料金が払えなくてガスが止まったことがあった。

人並みの生活をしたい、でも普通に働いていたらずっとこのままだ。それに私はどうにかして文章を書いて生きたい。そう考えてフリーランスを選んだのだから、やっぱり馬鹿で無謀。
それでも、ここまでやってこられたのだから一応バクチには勝ったんじゃないの? と周りに言われることもある。

フリーランスは性に合っていた。
苦手な人に会う機会は減ったし、毎日決まった場所に「行かなければいけない」ことがなくて。
(そういう意味で高校はあまり好きじゃなかったけど、大学は好きだった)

当時はmixiのライターコミュニティでお仕事を見つけることが多かった。
最初はパチンコの情報誌、バレエのポーズ集、テレビガイド誌の番組紹介、CDショップのフリーペーパーで映画や音楽のレビューを書いたりもした。
紙媒体が圧倒的に多かったけど、素敵な巡り会いがあり、20代半ばぐらいからゲームシナリオを書くようになった。もともと物語を作る、書くのが好きだったのでありがたいことにそちらがメインになり今に至る。

で、フリーは楽しいか?

楽しい。

好きなときに休めるし(ちゃんと原稿さえあげていれば)、働きたいだけ働ける(仕事がくれば)。好きなだけ書いていられる。

ただ、苦しい。
全く言葉が出てこないことも、物語が進まないこともある。
気がつけば同じ言葉を繰り返し、書いていることも。

そして、誰にも褒められない、怒られない。
褒められないのも寂しいけど、怒られないということは怖くて仕方がない。

間違えたままで年をとっていく。
感覚も少しずつズレていく。
これが個性的だと思っていたら大間違いだ。

幸い、私はお仕事をさせてもらう中で、怒られたり、

「いや、お前さんの書くもんはつまらんよ」

と言いながら何時間も一緒にストーリーを考えてくれる人たちがいた。

「君はそういう考え方なのか。私はね……」
「それは仕事をしていく上でやっちゃいけないことじゃないのかな」

大学を卒業して、何も分かっていない私にいろいろと教えてくれる人たちがいた。
こういう人に出会うのも運だったりするけども。

仕事を始めてからずっと、書くことが楽しい。物語が作れるのが幸せだ、この仕事をしていてよかった!
日々、ふとした瞬間にそんな幸せを噛みしめる。小さいようだけど、大きな幸せ。

それでも、正解を求めてしまう。
私が進む道は合っているのか。
どこかで茨の道に迷い込んでしまってはいないか、なんて。

でも、本当は正解なんてない。
フリーになった瞬間から茨の道に入っているのだ。

怯んでいたら、すぐに死んでしまう。殺されるんじゃない。勝手に死ぬ。

一生、書き続けていたいなら、夢じゃなくて目標を立て続け、達成し続け、肺が破れそうになるほど走らなきゃいけないこともある。常に泥だらけ。自分がいる場所はそんなところだと思っている。

シュッとおすまししてカッコつけてたって、手に入れたいものなんて、降ってもこないし、落ちてもいない。
カッコつけていたければ、もっと違う道を選べばいい。

で、バクチに勝っているのか。
いや、そもそも私はバクチなんかうっているつもりは、はなからないのだ。

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