【小説】昨日の夜は今日の夢

ごつごつしたてがすき。
ひのひかりにあたると、すこしちゃいろにみえるかみがすき。
みためよりもやわらかいほほがすき。

すやすやと眠っている彼を見つめながら、思いつくままに好きなところを挙げていく。
ああ、昨日はこの腕に抱きしめられていたのだと思うと胸が震えた。
この武骨な指先が私の体に触れたんだ。
会いたくて会いたくて震えはしないけれど、この先、この人に触れてほしくて震えることはありそうだ。

「んんん……」

わずかにうめき声を漏らし、寝返りを打つ。
丸めた背中、産毛が太陽に光る。
そろそろだ、と私はベッドから抜け出す。

散らばった下着を集めて、こそこそと身につける。
裸から遠くなるたびに、昨日のことが夢だったのではないかと思えてくる。
メイク道具はない。
駅の近くのコンビニでマスクを買おう。それで顔を隠して帰ろう。
忘れ物はないかと部屋の中を確認する。
洗面所に行って、目立つところに私の髪が落ちていないかも確認する。
忘れてしまいがちなピアスはちゃんと両耳にぶらさげた。

よし、問題なし。

彼を起こさないように、誰にも見つからないように、そうっとドアを開けて、夜明けの街に出る。

安アパートの階段は軽やかに降りられない。カンカンカン、と大きな音をたてるから。
抜き足さしあし忍び足。注意深く降りたけれど、きっと彼は階段を下りていく音ぐらいじゃ起きないよな、と思ってクスリと笑みを漏らす。
路地裏を通って、一方通行の少し広めの道路に出る。午前七時、寒そうに首をすくめながら、出勤していく人に紛れて駅へと急ぐ。建物の隙間から差し込む太陽の光が目に痛い。部屋のカーテンの隙間から差し込む光はあんなに柔らかかったのに。彼と一緒にいたからそう感じたのだろうか。

友だちに誘われて出かけた飲み会。
気になっている人もいるからと、少しだけメイクも張り切った。
「合コンっていうわけじゃなくて、友達増やそー、っていう会だから」
10人程度の飲み会は4時間のあいだに何度も何度も席替えが行われた。お開きのころにはそれなりにみんな酔っ払っていて、私は隣に座っていた人にもたれかかった。

「酔ったの?」
「うん」
「大丈夫? 帰れる?」
「……終電終わっちゃったから帰れない」
「嘘でしょ?」
「本当」

彼は小さくため息をついて、私の体を支えてくれた。
もう一軒行こう、という友達の声が聞こえたけれど、隣で彼が俺帰る、と言った。
えっ帰っちゃうの。
酔った頭でそれだけは嫌だと思った。そうしたら。

「ほら、帰るぞ」

彼は私の手を引っ張って立ち上がった。
夢かな、と思った。みんなが冷やかす中、ヘラヘラ笑いながら彼の腕にぎゅうっとしがみついて店の外に出る。

「俺んちでいい?」

大人の中にはどんなルールがあって、子どもが知らない合図がたくさんあるのでしょうか。
私はわけもわからず、うん、と頷いて彼の家についていった。

正直、彼の家でのことはあまりよく覚えていない。
また少し一緒にお酒を飲んで。
寝るか、と言われたから、「メイクを落としたい」と答えたら「そんなのいいじゃん」と言ってキスをされた。はあ、キスしてる、ってそれだけで頭がボーッとして、それからそれから。

コンビニの看板が視界に入った。そうそう、マスク買わなきゃ、と道をそれる。そういえば、昨日の帰りもこのコンビニに寄ったな。どうも、店員さん。私朝帰りなんです、いいでしょ? 昨夜の店員さんと同じ人かどうかは存じ上げませんが。
ペットボトルのお茶とマスクを買う。
マスクですっぴんの顔を隠して、駅へ急ぐ。
彼は何時ごろに起きるんだろう。
彼が寝ている間にこっそりスマホに連絡先は登録してきた。
私が噛みついた跡を見つけて電話をかけてきたりするかな。彼女に見つかって、嫌われちゃえばいい。そして私のせいだとなじって。
そうしたらこう答えるんだ。

『全部、あなたのせい。私を好きにさせた、あなたのせい』

ちょっと病んでるフリして笑いたい。

Fin.

~BGM:『素敵すぎてしまった』ポルノグラフィティ

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