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「薄青瓶問題」提起者たちの思いと経緯

語りたいことがある。主張したいことがある。
それは多分皆同じ。
ただ、それはまず事実を把握してからでも遅くはないと思う。
そんな感じの記事です。

どうもこんばんは、りょーさけです。

今日は真面目です。日本酒について。
ツイッターからここに来てくれている方は聞いたことがある話かもしれませんね。数年前からSNSを何度か騒がせている、「薄青瓶問題」を取り上げます。

noteユーザーで日本酒に興味がある人は是非読んでください。興味が無い方も、「そんな問題があるのか」くらいの気持ちで読んでいただければ幸いです。

では、始めます。

※※※

以前から、度々SNSを騒がせる日本酒の問題がありました。通称「薄青瓶問題」。
今回はこの問題がどういう問題かを提示し、これまでの経緯をたどります。

本題に入る前に確認ですが、私の目的は「こういう問題があってこういう結果になったよ」という事実を提示することです。独自の主張はほぼありません。主張である部分にはちゃんと「これは自分の主張だ。」と書こうと思います。

なお、今回述べる情報は様々な酒蔵、飲食店の方々から聞いたものをまとめたものです。酒蔵に勤めているので、公私問わずそういった方々とお会いする機会がありました。貴重なお話を聞かせていただいて感謝しております。完成した原稿をその方々にもチェックして頂いたので、問題提起者たちの思いや今までの取り組みをまとめた記事としては信頼度が高いものだと言えると思います。
 
 
 

1. 日本酒の「薄青瓶問題」とはなにか

これは数人の蔵元さんと飲食店の方が提起した問題です。
簡単に言うと「薄青色の瓶に入れたお酒は、他の瓶に比べて特異な香りがつくのではないか。」という問題です。

発端はある蔵元さんの悩みでした。その蔵では何故かはわからないけれど一部の酒が他の酒に比べて異様な香りを発するようになる現象が多発していたそうなのです。困った蔵元さんは関係者とディスカッションをしていました。これが7年前の話。

そこで話題に上がったのが、薄青瓶です。薄青瓶はその爽やかな色合いゆえ夏の季節商品に使われることが多いのですが、どうにもその夏酒に異常が多く見られることに気が付きました。蔵元さんたちは様々な色の瓶に自社の酒を詰めて、一週間後に利き酒をしたそうです。

すると、やはり薄青瓶に詰められた酒が意図した香味とは違うものになっていたそうです。

更にディスカッションを進め、検証する中で飲食店の方々が利き酒をした時に発見がありました。異常が見られる酒に共通した香りを発見したのです。

ここから問題解決への道のりが始まります。

※一点補足です。
本文中で述べている瓶はあくまでも「薄」青瓶であることに注意してください。濃い目の青の瓶もありますが、そちらではなくより薄い青、水色の瓶です。この資料中に書いてあるのですが、特異的に銅を含んでいるのは水色の瓶だけなのです。

2.薄青瓶に特異な香りの原因は「銅」ではないか

薄青瓶に何らかの問題があり、それが異常な香味の原因になっている疑惑が浮上しました。次の問題は「なぜ薄青瓶がそのような異常な香味を生むのか」です。

関心を持った蔵元・飲食店の方々が調べてみたところ、薄青瓶を発色させるために「銅」を使っていることが原因なのではないかという仮説が生まれ検証が行われました。色を付けるために使った銅が、瓶内部で何らかの化学変化を起こしているのではないか。彼らはそう考えるようになったそうです。

それからというものの、蔵元さんや飲食店の方々はSNSや雑誌などで問題を発信し続けました。ただ、その時は発信者たちの問題提起は思うようには受け入れられませんでした。

それならば、と彼らは他の手段を模索し解決の道を探りました。

次章以降は「薄青瓶問題のポイントはどこか」、「なぜ薄青瓶問題に関して意見が分かれるのか」、「問題を解決するため生み出された策はどのようなものか」という風に順を追ってお伝えします。

3.この問題のポイントはどこにあるのか

薄い青瓶で香味に変化が出ることの何が問題なのでしょうか。それは、「造り手の意図に沿わない香味の変化がでる」という点です。

酒蔵の杜氏さんと接したことのある人なら分かるかもしれませんが、杜氏さんたちはお酒を意図を持って醸します。いわゆる「酒質設計」というものです。こういう味・香りでお客さんの元に届けたいと思い、それを蔵人たちに伝え、蔵一丸となってそれを実現させます。

Twitterなんかでこの問題に関するツイートを読むと分かるのですが、「それでもある人の好みに沿ってるならいいのではないか。蓼食う虫も好き好き。」という方がいます。

確かに人の好みはそれぞれで、薄青瓶による変化を好ましく思う方もいるかもしれません。それは疑う余地がない。

しかし、ここでの問題は上記のような造り手の意図の実現なのです。

長い時間と労力をかけて培った技術を駆使し造られるお酒が、瓶に詰めた後その造り手の意図を届けられない状態に変質していたら少々残念だと思います。

ここが提起者たちの問題意識の根本です。お酒を味わう人の好みやお酒の楽しみ方を否定しているわけではありません。

その点を忘れずにこの問題を眺めていただければ幸いです。

4.なぜ薄青瓶問題に関して意見が分かれるのか

これもとても重要な点です。専門家たちが提出した問題でなぜこんなにも意見が割れるのか。考えられるのは次の4つのケースです。

ケース1.ある検証者が薄青瓶の銅から生まれる問題成分(→DMTS…ジメチルトリスルフィド)の香りを認識していない場合


ケース2.ある検証者が紫外線の問題と混同している場合


ケース3.ある検証者が利き酒の際に識別できていない場合


ケース4.ある検証者が異常な香味を生成しない薄青瓶に入ったお酒を試していた場合

順番に見ていきます。

まずはケース1について。今回の問題で専門家たちが指摘している異常な香味の原因物質は「DMTS」(ジメチルトリスルフィド)といいます。

この論文の途中に登場してます。

2ページ目上部の図の「ポリスルフィド」のところにあります。「硫黄、たくあん」の香りがすると書いてありますね。

当然なのですが、この香りを確かめたことがあるかないかでこの問題のジャッジには大きく差が出ると思います。異常な香味といってもこのDMTSに限らず多数あるからです。この香りを事前に知っているのでなければ判定は難しいでしょう。

次にケース2について。これは結構散見される混同です。今回提起された問題は「瓶内部の銅成分が日本酒中の成分と反応して異常な香味が生成される。」という問題なのです。紫外線との関連で「薄青瓶は不利だ。」と述べる記事があるようです。こちらです。

これはこれで問題だとは思うので保管場所には気を付けたいところですが、今回の問題とは関係がないので注意してください。

今回の問題と関連があるのは、先程も紹介したこの秋田の論文の方ですね。

「薄青瓶に入れたお酒から異常な香りがするようになった」という結論が実験の過程も込みで述べられています。

ではその次に、ケース3です。これはこの問題に限らずそうですが、香味を識別する能力が人によってまちまちだということです。同じお酒の果実様の香りから、ある人はバナナとメロンを嗅ぎ分けるけれど、別の人はバナナしか感じないだとか、そういったことはよくあります。

誰が識別できており、誰ができていないかは、ネット越しでは確認する術もありません。ですので単に「これは香りが変だ!」、「変じゃない!」といっているのに反応することはあまり有益でないように思います。


これは私見ですが、何かを識別しようとするときには、「いや、もしかしたら自分が識別できてないだけかもしれない。」という姿勢で臨むことが大切だと考えています。でないと自分が本当に不調の場合(または言い方が悪いですが、相対的に嗅覚が劣っている場合)に周りの人と衝突してしまう可能性があるからです。

そして重要なのがケース4です。これは次章でより詳しく説明します。簡単に言うと、この問題を解決するために瓶内部の銅を除去する特許技術が開発されたのです。その技術を用いた薄青瓶は旧来の薄青瓶に比べて問題の物質の生成が抑制されます。

ただ、その特許を使って製造された瓶はまだあまり流通しておらず使用している蔵はあまりありません。水色の瓶を安全に使いたいと考えた蔵は、今現在以下の画像のような瓶を使っているそうです。

(画像が粗めなのは謝ります。すみません!)

この瓶は元々透明瓶なのですが、その外側に水色のフィルムを貼ってあります。
この瓶は内部が透明瓶と同じ成分でできているので、異常な香りを生成しません。

次章で特許の内容をお伝えしますので、その事実と併せて考えていただければ幸いです。

5.問題を解決するため生み出された策はどのようなものか

では前章で触りだけ書いた特許の内容について述べていきます。なお、重要な点を中心にざっくり目に述べていくつもりですのでその点はご了承ください。

特許庁の「特許・実用新案番号照会」というところで「2013-233132」と入力すると原文が出てきますので、そちらを参照しながら見ていただければと思います。

・この特許はガラス瓶の清酒保存性能改善に関するものである

・ある瓶に清酒を入れて特定期間が経過すると悪臭物質が発生することが分かった

・瓶によって官能検査で感知できる程度の悪臭物質が生成されるまでの時間は異なる

・14日間保存した状態の悪臭物質の量は官能検査すれば50%の人が識別できる程度の量

・1年(相当)保存した状態の悪臭物質の量は14日の場合の2倍から3倍

・どの瓶を使うときにも上記2つの場合くらいの期間瓶貯蔵し、検証することができるなら官能検査でも感知可能ではあるが、実際の酒蔵の醸造・瓶詰め・出荷のオペレーションを考えるとより早く確実に瓶の評価ができないと困る

・それを解決するための方法が以下のもの
→対象の瓶に悪臭物質生成の直接の原因となる前駆物質を入れ、特定の期間保存したのち成分を分析してどれくらい悪臭物質が生成されたかを検証する、という方法

・その方法を用いて検証し、問題があると判定された瓶を全て廃棄処分するとなると生産効率的、コスト的な問題が発生するので、その瓶の清酒保存性能を改善するような方法も開発した

・その方法は瓶内部の銅をフロンガス送通、または硝酸エッチングで除去するものである(銅が悪臭物質発生の原因なので、それを取り除こうということ)

・フロンガス、硝酸のそれぞれの場合で「銅除去をした瓶」「銅除去をしていない瓶」に前述の「悪臭物質の前駆物質」を入れて常温・冷蔵環境下で短期間の貯蔵&分析(夏場の商品出荷~販売を想定したもの)実験をした
→詳細な実験内容は特許のページで見ることができるので、ここは読んでみてください

・どちらの処理においても、処理をした瓶は悪臭物質の発生が抑制されており、未処理の瓶は前駆物質が悪臭物質に変化していた

以上です。

これでも大分簡略化したのですが、少々分かりづらい点もあると思います。その場合はぜひ特許の本文と読み比べて理解していただけると幸いです。ここが大切です。本文を一度は読んでみてください

もっと短くしてほしい方もいるかもしれないので、更に超大雑把にまとまると…

・悪臭物質を発生させる瓶が存在し、原因となっているのは瓶発色に使われる銅である
・従来酒蔵で行われているような官能検査では問題を発見できない場合がある
・どの瓶でも実際の酒を詰める前に検証できる方法を発明
・官能検査だけでなく数値的に悪臭物質を確認できる
・しかし悪臭物質が生成されるとはいっても、作った瓶を全廃棄するのはキツイ
・だからその問題のある瓶から原因物質である銅を除去する方法も2つ発明
・夏場の商品出荷~販売を想定した条件下で実験をした
・銅除去の処理を行った問題瓶は未処理の瓶に比べて悪臭物質の発生が抑制された
・その際の成分の変化は表になって載っている(官能検査ではなく、データで異常が確認できるということ

という感じになります。再三再四ですが、分からなかったら是非特許の原文を読んでみてください。私も実際に読んで理解できたところまで書いています。(認識が間違っているところ、理解が足りないところがあったらコメントで教えていただけるとありがたいです。)

かくして、今回の薄青瓶のような発色に銅を使った瓶でも安心してお酒を詰めて出荷できる手法が確立されました。ですが、今現在すべての薄青瓶が上述の処理を行って出荷されているわけではないようです。そのため「意見が割れてしまうのではないか」という仮説は前章で述べました。そちらももう一度確認していただけると助かります。

6.問題提起者たちがどういうことを考えながらやってきたか

前章でこの問題に関する科学的な改善の取り組みを見てきました。この章では問題を提起した方々がどういったことを考えながら解決に向けて取り組んできたかを紹介します。1章でも少し紹介しましたが、より詳細に述べたいと思います。内容が重複する箇所もあるかと思いますので、そこは飛ばして読んでいただけると嬉しいです。

7年前の問題発覚当初は、数人のプロ(蔵元や飲食店の方)のみで共有していた話だったそうです。その情報が徐々に他の蔵元に広がっていった。気になって自社や数社で瓶貯蔵の検証を行ったところ、やはり酒が思うような香味にはならなかった蔵もあった。
蔵の中にはその時点で瓶の色を変更したり、先ほど紹介した透明瓶に水色のフィルムを貼った瓶を使用するようになったところもあるようです。

それで事態が解決に向かうかと思いきや、簡単にはいきませんでした。
様々な事情で瓶を変えることを決断できなかった蔵元もいたそうです。単純に品質に問題がでるだけで変革をするのに踏み切れないこともある、ということです。

お酒の管理を非常に丁寧に行っている飲食店でさえ薄青瓶のお酒を扱うのには不安があった。そういった声を問題提起者は実際に聞いたそうです。

問題提起者たちは、その情報さえ行き渡れば問題が解決するのではないかと考えていたため、時間が経ってもなかなか状況が変わらないことに驚き、焦りました。瓶のメーカーに答えを求めて問い合わせをしたこともあるそうですが、どうにも明確な答えは得られなかった。

しかし、実際問題その瓶に詰めた酒は思い描いた香味を保てないようだ。
それが彼らにとって何よりも大きな問題でした

提起者たちは「仲間内の共有ではなく明確な形で発信して業界全体で共有しなければならない。」と考えたそうです。

その頃自分たちの問題提起の正当性を保証してくれるような論文も完成していたので、それと併せて発表しようと準備し、発信をしました。

提起者たちは「こういう形で発表すれば流石に理解してもらえるだろう。」と思っていました。ところが、その結果は惨憺たるものでした。

論文の内容をあまり把握せずに発される否定的な意見、論文の内容を理解できる知識を持っているはずなのに議論に加わらない多くの専門家たち、まったく広まらない問題意識…そういったものの嵐を前にして、提起者たちは戸惑い落胆しました。

「お酒が製造者の思った通りに流通しない現象を突き止めて発信しただけなのに。」
「理解者が増えて問題がさらに良い方向に行くことを考えていただけなのに。」
「日本酒を取り巻く環境を、より良くしようとしただけなのに。」

自分たちが誰よりも活動の成果を伝えたい日本酒愛好家たち、同業のプロたちから理解してもらえない辛さというのは想像を絶します。本来対立する必要のないところです。なぜ彼らの問題は問題として認識することすら拒まれるのか。

問題を発見してから7年が、本格的に発信を始めてから数年が経ちました。
今日も彼らの苦悩は続いています。この問題は終わっていないのです。

いや。
始まってすら、いないのです。

7.まとめと雑感

「薄青瓶問題」についてその最初期から最近までの流れを追ってきました。蔵元さんと飲食店の方が問題提起をし、うまくいかず、その後やはり問題があることを科学的に確認し、その解決策が編み出された…。

以下は私の雑感です。

この記事の初めにも述べましたが、初めに問題提起が行われてから7年です。正直なところ、「1つの問題が認識されて解決策が世に理解されるまでこんなに長くかかるものなのか!」と感じました。まだ理解されていないようですが。
直接問題に関わっていない私が長く感じるのだから、当初切実に悩んでいた蔵元さん、飲食店の方は相当長く感じているのではないかと思います。

なぜこれほど長い時間がかかり、発信がなかなかうまくいかなかったのか。酒蔵だけでなく関連会社の方々を含めると非常に多くの人の利害が絡まり、更に言えば彼らの生活がかかった問題です。諸事情はあるのでしょう。

しかし、諸事情があるからといって、すぐに事態が好転しないからと言って、これまで発信された秋田県の論文や、特許の実証実験の情報に価値がなくなるわけではない。何より真偽は揺らがない。

実験されて数値化され、専門家に認められた結果は変わらないのです。

そして、この問題の根っこにあるのが酒蔵の職人さんたちの「自分たちが造ったものをいい状態で届けたい」という思いであることは忘れるべきではないのではないか。
酒蔵で酒質に責任をもって技術を積み重ねてきた方々は、想像以上に酒質やお客さんのことを考えています。

ですので、本文中で何度も述べましたがまずは落ち着いて情報収集をしましょう。自分でできる限り関連の論文や特許の原文を読みましょう。分からなければ知っている人に尋ねましょう。その際一度私見は脇に置き、事実の把握に努める姿勢を貫きましょう。

それで何かが分かったら、分かっている範囲で発信しましょう。他の酒好きな人と交流しましょう。

問題提起をした方々が事実に基づいた誤りを指摘されているならまだしも、まったく関係ない人権侵害まがい、営業妨害に近い誹謗中傷をされている状況はどう考えても異常です。その具体的な発言を引用してあれこれと言いはしません。

ですが、日本酒の品質向上のために多くの時間と労力を費やして尽力している方々を、自身の発言力に任せて極端な形で揶揄する姿勢などは言語道断です。

以上です。

いつも全力で日本酒の品質、面白さ、新たな可能性を探求し続けるすべての人が一日の最後に美味しいお酒を飲めることを願って、この記事を締めたいと思います。

それを願って、乾杯。

ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございます。
私の記事に対するいいねやスキなどは必要ありません。

この記事に書かれている蔵元や飲食店の方々の熱意にシンパシーを感じた方々。どうかこの記事のシェアと拡散をよろしくお願いいたします。

酒と2人のこども達に関心があります。酒文化に貢献するため、もしくはよりよい子育てのために使わせて頂きます。