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春が始まるその前に

冬、真っ盛り。心も体も冷え切った冬の夜。僕の横には君がいない。

暖かいココアが心と体に染み渡る。希望とも絶望とも取れる今の心情。冬の寒さがなぜかチクチクと染みるように痛い。

どうして冬は寒いんだろう?冬は体温というやつが正しい機能性を果たすことができなくなってしまう。

そして、なぜ君は僕の元から去ってしまったんだろうか。

あれは冬が始まる前のこと。ボロアパートに住んでいた2人は、紛れもなく2人で1つだった。

「寒い冬がもうすぐやって来るね」

1LDK。押入れからこたつを出し、冬への準備も万端。僕たちはまた冬を去年と同じように過ごすと思っていた。

君の冷たくなった手をさすりながら、「寒いね」って微笑む君の横顔を見るのが好きだった。

冬の寒空を1人で見ながら、君がいなくなったあの夜のことを少し思い出す。

どう君と接していたら上手くいったのかな。僕の歩み寄りが、君の歩み寄りが足りなかった?それとも君の好きな僕を最後まで演じきれなかったことがこの恋の敗因なのかな?

朝、目が覚める。去年までは君が隣でスヤスヤと眠っていたことを思い出す。

とてもお天気だったから、久しぶりに君と行った街に繰り出すことにした。君との思い出が詰まった街。電車に揺られながら君と交わした会話は今でも覚えている。

渋谷駅前は今日もうるさい。

ふとシャッフルで流れ出したマイヘアの「卒業」のメロディが僕の胸を突き刺す。今のタイミングは違うだろとiPhoneに言葉を投げかける。

僕の心情なんてお構い無しに、iPhoneは適当にラブソングを流し続ける。シャッフル機能は心に良くないと心の底からそう思った。

大阪出身の僕には渋谷駅前になんの思い入れもない。だけど、歌詞の冒頭の一文が心によく染み渡った。

2人になりたいけど、簡単には2人にはなれないこと。なんだかもどかしくてもどかしくて、とても切ない気持ちになる。「2人きりになる」という憧れを抱いていた出会った当初のことを思い出した。

君との関係が佳境を迎えた時も家に帰れば2人きり。でも最初のような会話はほとんどない。

だからうるさいぐらいが、誰かがいるぐらいが、僕たちには丁度よかったのかもしれない。

街をぶらっと散歩するたびに、君の面影をどこかで追いかけている自分がたまらなく嫌な奴に思えてしまった。

運命の赤い糸だと思っていた糸は、2人が色を塗り替え、やがてほつれるようにゆるゆるとほどけてしまったから、それと同時に僕たちの関係も終わり。

1人で適当に立ち飲み屋に入り、適当に軽く酒を流す。適当に2,3軒はしごして、顔が赤くなってしまった頃には、君を1人にしてしまったことを後悔してしまっていた。

終電間際、君の声がとても恋しくなった。お酒のせいにしてしまえば、君に会いたいと簡単に言ってしまえる。でもそんな言葉を投げかける権利はとうの昔に剥奪されてしまった。

帰りの電車はすぐ座れた。いつもの駅とは反対。恋人でも友でもない2人からの卒業。

帰り道。また君のことを思い出す。思い出すのはいつも楽しかったことで、美化された状態で思い出してしまうから、なんとも言えない気持ちになる。

別れる時は嫌なことしか思い出せないのに、時間が経ってしまえば、それすらも美化されてしまう現象をなんと呼べばいいと思う?

恋人でも友でもない2人からの卒業。

「一度交わってしまった2人は恋人から友に戻ることはできない」というのが、君の口癖だった。君の口癖に君の仕草。今でも鮮明に思い出すことができるから、さっさといなくなれよ、バカ。

2人の秘密ができてしまった時点で、もう特別以外の何者でもないのだから。終わってしまった2人は、関係性を卒業することになる。

恋人でも友でもない2人からの卒業。もう君とぼくがやり直せないと告げる電車のベル。駅員さんが鳴らすあのベルの音はどう考えても不快音だった。なんで終わらせるんだよって、自暴自棄にもなった。でもそんな声は君は届かず、ただの空気と化すだけ。

散り散りになった2人の思い。

君と離れるようになって、もう2ヶ月が経った。君との日々を思い出さなかったことはたったの一度もない。

「未練がましい男だね」ってなんの反論もできないから、「そうだよ」って冬の寒空に向かって、誰も聞いていないのに語りかける。

春が始まるその前に。君とまたどこかでお会いできたなら。

次はなんて声を掛けようか。

過去の贖罪を懺悔でもしようか。それともいっそのこと「もう一度やり直せないか」とかっこ悪いところを見せてしまおうか。

春が始まるその前に。僕は君から卒業する。だって終わってしまったことに未練を残すなんて真似はしたくないのだから。そんなダサいことはできないよ。

男だというちっぽけなプライドを守りたいというクソほどくだらない理由で、僕は君を忘れようとしている。むしろなかったことにしようとしている弱い自分。

ありがとうよりもごめんが多かったあの恋。最初はありがとうの方が多かったあの恋。どこで掛け違えたかな。どこで交わらなくなったのかな。後悔なんてしても、今ごろ君はもう誰かの腕の中。

間違いを犯さなければ、僕たちはまだ2人で1つのままだったのかな。

君がいなくなること。受け入れることが少しはできてきました。

でも春が始まるその前までは、まだ感傷に、思い出に浸るという行為を君は野暮だと言いますか?

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