見出し画像

ベストボディジャパン優勝体験記


はじめに

ベストボディジャパンに初めて出場し、優勝することができました。
心底、出場して良かったです。
とはいっても、「フラれた女性を見返す」というような派手な動機があったわけでもなければ、「短期間でこんなにも人は変われる」、というようなセンセーショナルなものでもありません。
趣味で4,5年のあいだ、筋トレを続けてきた典型的な中級トレーニーが、少し勇気と覚悟をもって30歳で初めて大会に出場した、というだけの地味っちゃ地味な話です。
それまでの筆者は特に食事制限をするわけでもなく、ホームジムで週に3~5回ほど45分程度の筋トレを漫然とこなしてきた、という取るに足らないものでしたが、大会出場を決めてから、見た目以上にライフスタイルにおける「トレーニングの位置づけ」が大きく変わりました。
大会から3カ月以上が経過し、しばらくは次の大会出場を考えていない今でも、コンテスト出場を経験していなければ得ることのできていなかったであろう体感覚やモノの見方が自分の中に確かに宿っていると実感しています。

さて、この記事の中ではあくまで一人の体験にとどめた、主観的なものとして終始記していくつもりです。普遍性にはあまりご期待なさらずに。
なぜなら、減量の技巧やトレーニングのティップスに関しては、数多いらっしゃる先人に勝るものを提供できそうにありませんし、僕自身フィットネスを生業にしているわけではないからです。
ですので、自分が取り入れた方法を紹介することはもとより、巷の社会人としてどのようにトレーニングを生活に織り込んでいくのか、大会に出場することの本当の価値はどんなところにあるのかについて、筆者なりの主観でお伝えできることを述べていきたいと思います。

いわば、志望校合格を勝ち取った先輩の「合格体験記」のようなものとして読んでいただけたら幸いです。
不安でいっぱいな受験期にあって先輩方の体験記には、参考書や受験対策講座とは違う意味で、当時大きく後押しされた記憶があります。
つまり、細かなトレーニングのテクニックや栄養学の微に入り細を穿つような知識の提供ではなく、あくまで「自分はこうだった」という手記です。
もっと言えば、振り返るとその手のハイエンドな知識は不要であったとさえ思っています。
そんな聞きかじりの知識を基に一ノ矢二の矢と繰り出していくよりも、いかに決めたことを乱さずに遂行していくか。
このことに集中する方が、得たい結果を近づけることは疑いようもありません。
特に、ボディメイクの情報をかき集めてみると、なんだか人体がパーツの寄せ集めであるかのように思えてしまい、部分最適の集合が全体最適であるかのように錯覚してしまいがちです。

調べればキリがないほど情報が溢れ、誰の言うことも真っ当に見える中で、この「取捨選択」が最も難しく、そしてコンテストの結果を分つ最重要課題であると思います。
重ね重ねになりますが、それらの情報に優劣をつけてジャッジするつもりも、その能力もありませんので、「何を選ぶか」と言うことはご自身でお決めになってください。
もちろん、一つのサンプルとして私の行った方法を選んでいただくことも、謹んで歓迎いたします。

体験記の読み方

体験記は5カ月にわたる減量期間を3つの時期に区分けをして、それぞれの時期で取り組んだ内容(食事・栄養など)や、当時記していた日記からわかる自分のメンタル面、関心ごとなどを今から振り返ってみます。
「くだらねぇことに関心むいちゃってんなぁ」「ブレてるなぁ」と思うことも多々あり、おおよそ初出場の方が経験するであろう心の移ろいとして、参考となればと思います。
ちなみに、私が出場した長崎大会は2023年6月4日開催であったこと、お正月休みが1月4日までであったことから各月の4日で頁を綴じるように期分けをしております。

減量初期:1/5~3/4(大会5か月前から3か月前)
減量中期:3/5~5/4(大会3か月前から1か月前)
減量末期:5/5~6/4(大会1か月前から大会当日)

それから、筆者の個体値はこんな感じです。

身長:178cm
体重:76kgから67.5kgへ(-8.5kg)
BIG3:BP 120kg / SQ 170kg / DL 210kg ※いずれもRM換算値
筋トレ歴:5年


5ヶ月の体重変化


減量初期(大会5か月前から3か月前)


1/5時点の筆者


設定カロリー 2,750kcal→2,500kcal
P 170g F 60g C 380g→320g
体重減幅 4kg(76kg→72kg)
トレーニング 週5 ×1時間
有酸素 週2×30分(ランニング)


年末までを増量期として3,500kcalくらい摂っていたため、ひとまず自分のメンテナンスカロリーである2,750kcalからスタートをしても、揺り戻しで最初の1〜1.5kg程度はストンと落ちていきました。
米は3合炊きを1日かけて食べるような感じで量に不足を感じることなく、おかずも胸肉や卵が中心ではあるものの、ジャンクフード以外ならなんでもござれ、くらいの緩さで2ヶ月過ごしたので、食事管理の面で言えば、まるでストレスを感じることがなかった時期です。

トレーニング面では、減量初期とはいえ主にコンパウンド系の種目で明らかに使用重量が落ちてくることを実感するので、分かっていながらもその寂しさはありました。
ベンチプレスで言えば、減量開始時点が100kg×6repであったのに対し、3月には100kg×3rep(95kg×6rep)程まで落ちてしまいました。その分、セット数を増やしてみたり、新たな種目のレパートリーを試してみたりと、トレーニングボリュームを確保できるような工夫をしました。
部位にもよりますが大体、1日のトレーニングで総セット数が20くらいになるような構成で取り組んでいました。もちろん、全セットでちゃんとオールアウトはゼッタイ!とした上で。
減量が進んでいくと、これは個人的に体感に過ぎないのかもしれませんが、いわゆる「効かせる」感覚が研ぎ澄まされていくような感じを覚えました。
脂肪が乗った状態では直に筋の動きが分からなかった部位で、しっかりと収縮や伸張が体感できるといえばいいでしょうか。
どうすれば対象筋にガッツリと負荷を乗せることができるのか。脂肪の誤魔化しが効かない減量を経験したことで、より強く実感できるようになった気がしています。

減量中期(大会3か月前から1か月前)

3/4時点の筆者

設定カロリー 2,500kcal→2,000kcal
P 170g F 40g C 320g→200g
体重減幅 3kg(72kg→69kg)
トレーニング 週5 ×1時間
有酸素 週2×30分(ランニング)/週5×30分(ウォーキング)

振り返ってみれば、この時期が最も辛く、ストレスフルな時期でした。
とくに残り2ヶ月前のあたりでプラトー(停滞)がしばらく続き、狙ったアンダーカロリーを徹底しているにもかかわらず3週間ものあいだ一向に体重が落ちないことで焦燥感が募り、大会出場を取りやめた方がいいのか?とまで思う有様でした。
停滞打破のためにチートデイを入れてみたり、有酸素運動のボリュームを増やしてみたりと、色々試していたのですが、思っていたような減量曲線にはならず、空腹感と焦燥感がダブルパンチで訪れるという、非常にストレスフルな時期を過ごしました。
今から振り返れば、体重の数値としては減少していないにせよ、毎日の写真をめくると見た目の変化はしっかり現れていることは分かっていたので、これを成果として評価して良かったのだと思っています。あくまで、体重は一つの指標に過ぎないと、頭ではわかっているつもりでした。
がしかし、初めての減量体験の最中では、なかなかそんな悠長に構えることができませんでした。
特にコンテスト経験者からマンツーマンレッスンを受けていたわけでもなかったため、こういう心理状態を誰に相談するでもなく、身をもって体験しなければ分かり得ないものだったのかもしれません。
そして、焦燥感が募ると次々に「方法論」に飛びつき、何か絶対的な正解があるのではないか、とネットサーフィンしてしまったことも、プラトー打開を妨げる悪手でした。
特に、トップフィジーク選手の減量ルーティン動画を見てみたり、PFCをどうしてるのか気にしてみたりと、とにかく彷徨っていました。
なお悪いことに、InstagramやYouTube上で映える筋肉を露わにした諸先輩方をみては、自分が圧倒的に劣っていることを自認して、劣等感に苛まれるというメンヘラぶりを発揮しました。
プラトーの悪循環が全方位的に悪臭を撒き散らしたわけです。
このままではマズいと思い直し、いったん他者の発信内容から離れ、「どうすればこの減量生活を全うできるのか」という問いを立て直しました。

そこで、「方法論の正否は究極的に分かりようがないから、とりあえず今回の減量はこの方法でいく」と決めたこと、「減量最大の敵はストレスにあるため、ストレスを生理学的にアプローチするためにマインドフルネスをちゃんと取り入れる」ということの2点を誓い立てました。
結果的には、この取り組みが功を奏したように思います。
マインドフルネスは10年くらい前から断続的に取り組んできたのですが、なんせ退屈で時間が惜しく感じてしまいがちなので、気持ち新たに取り組んでみては、1か月足らずのうちにやめてしまう、ということを繰り返してきました。
しかし、この減量期にその効能を心行くまで実感することで、コンテストを終えた今でも継続して日課となり続けています。

因みに、食事の方法論としてはカーボサイクルに取り組むことにしました。
具体的には、この後の減量後期で述べてみたいと思います。

減量後期(大会1か月前から当日)

5/4時点の筆者

設定カロリー 2,000kcal→1,800kcal
P 170g F 40g C 200g→160g
体重減幅 2.5kg(69kg→67.5kg(ボトム))
トレーニング 週5 ×1時間
有酸素 週2×30分(ランニング)/週5×30分(ウォーキング)/週5×7分(HIIT)

中期の最後あたりで定めた方針を、迷いなく忠実に行いました。
すると、69kg台であれだけ停滞していた体重がなぜか急落し、68Kg台はほんの1週間で通過をして67Kg台へ突入するという、なんだかよくわからないフィーバーが起こったのです。
これは身体の不思議なところで実際によくわからないのですが、アタリマエに考えれば体重自体が減っていけば、同じ1キロを落とすのが段々と大変になってくるはずなのに、どうしてかこんな現象を経験しました。
一度は上方修正しようとした仕上がり体重の68㎏は2週間を残してクリアできたわけです。初めて67.9kgと表示されたときの喜びはひとしおでした。

すね毛はご愛嬌ください

カーボサイクルはコメの量のみを2合の日、1.5合の日、1合の日と順繰りする極めて簡単な方法であり、プレワークアウトのデキストリンやバナナを除いては、コメ以外のカーボを取ることはありませんでした。
もし減量中期のメンヘラ時代に自分を省みることなく他者の真似事を取り入れていたら、きっとオートミールあたりをチョイスしてさらなるストレスを抱えていたことが容易に想像できます。

そして、減量中期の後半ごろにいよいよ、運命のレシピ「おじや」に辿り着くことになります。
(※レシピを知りたい方はお申し付けください)

1日分を作ってタッパーに四等分し、それを1日4回に分けて食べるということで固定できたのも、ストレスを減らす上で有効な策でした。
今回のMVPを挙げるとすれば、それはおじやになります。おじやにどれほど救われたことか。
おじやを語らせると、それだけでゆうに2万字は超えてきそうなので、ここでは高まる気持ちを押し殺してこの辺りで失礼します。

家で食べる時はランチョンマットを敷き、大皿で演出感を出します。

それから、もう一つ自分に合っていると実感できたのがHIITです。この記事をご覧になる方はおそらくご存知かと思いますが、7分でエゲツないほど心拍が上がるサーキットトレーニングです。
筆者は田舎暮らしなので、家の近くの公民館の前に敷かれた人工芝エリアを独占し、なかやまきんに君のHIIT動画に合わせて行っていました。

HIITのために敷いてくれたとしか思えない人工芝。
面識こそありませんが、松尾施設長、ありがとうございます!!


「おじやにHIITで順調に減量進んだのね、へっ」と思われてしまうかもしれませんが、ラスト1ヶ月はまるで眠れない辛さを経験しました。
とくに追い込みをかけた大会20日前あたりは床についても4時間眠れず、ひたすら空腹に耐えながらなんとか眠りにつく、と思いきや1時間後には起きる、みたいな感じでした。正味の睡眠時間は一日当たり三時間を切っていたことと思います。
それでもなぜか日中の仕事は捗り、減量の辛さ以上に精神が高まっている感覚がありました。これを「躁」状態と呼びます。


大会3日前のインピーダンス測定結果(体脂肪率4.2%)

そして、これまた悩ましいポイントとして最終調整がありました。
水抜き?塩抜き?カーボローディング?なにをどうすれば…
いずれも初めての経験であるため、なんだか恐ろしくて結局、あまり極端なことはできませんでした。
カーボローディングは体重の10倍近くのグラム数のカーボを取るべし!というメソッドも説得力があったのですが、今回は見送りました。
幸いにも、2週間前には目標体重を達成できたので最終調整のデモ、みたいな感じで何パターンか試すことができたのですが、筆者の場合はカーボ量を急激に増やすと翌朝むくんだ感じになることが判明したので、調整という調整はあまり取り入れませんでした。
もちろん、この辺りは各選手によって行っている方法が大きく異なるところであり、筆者が初心者であることを踏まえた判断でのことです。
もう1段2段とハードな仕上がりが求められる、よりハイエンドなコンテストであればこうしたテクニックが必要となるのかもしれませんが、それらが不要であった一つのサンプルとして参考にしていただけたら幸いです。


大会当日

6/3(大会前日)時点の筆者

応援に来てくださった2人の知人に車で送迎していただき、会場入り。
いわゆる昭和に落成したそれと分かる古い会館が本番の会場で、控え室も雑多な感じで大部屋に20名ほどの選手が居合わせました。各控室にタイムケーブルが張り出され、そこから逆算をしてパンプアップを行うのですが、トレーニング中によく聴いていたFighter's AnthemのZeebraバースの中で「焦った奴は動きが先走る」というリリックを胸に刻んでいたので、周りの選手がそわそわとする中で、自分が決めた時間まではじっと読書をしていました。
サーフパンツを穿いてフリーポーズをする予選、ボクサーパンツで規定ポーズのみの審査となる本戦と、それぞれ自分なりにパンプする部位を分け、メニューも事前に決めたものをこなしていきました。

コンテストに出場する価値について

コンテスト予選時の筆者

その意味付けは選手一人ひとりで異なるところかと思いますが、筆者個人としては「高い水準の自己規律を強いられ、それを全うすることによって自己信頼感を得ることができたこと」であると思っています。
コンテストに向けた減量期間を通じて、どのようにタイムスケジュールを組んでいくべきか、空腹や焦り、劣等感のような負の感情をどう押し込めて淡々と事を進めていくことができるか。これは重要なテーマとなり続けました。
やることと言えば、単に食事・トレーニング・休養を管理するだけなのですが、「自分は根本的に何か大きな間違いをしているのではないか」と自らに猜疑心を向けてしまうことも多々あります。
そうした生来の弱さを認め、「自分にコントロールが可能な」取り組みにのみ集中していくことは仕事をはじめ、きっと他の対象にも十分応用が可能であり、大げさに言えば人生を全うするうえで、身に着けることができれば非常に強いものであると思っています。いうまでもなく、その手段が必ずしもコンテストである必要は全くないのですが、コンテスト出場はその鍛錬の機会として申し分ないものであると、満を持して太鼓判を押すことができます。


まとめ

予想外だったこと/うれしかったこと

  • 知人が応援に駆けつけてくれたこと

  • コンテストレベルの仕上がりを自分が実現できたこと

  • もちろん、優勝できたこと

大変だったこと

  • 空腹感をやり過ごすこと

  • 他者に対する劣等感と付き合うこと

  • 溢れる情報から選び取り、わき目を振らず実行すること

得られたもの

  • 自分の自制心に対する強い信頼

  • 演者としてステージに立つ経験

  • 筋トレがどっしりと、自分のアイデンティティの一翼を担っていく感覚


ご相談承ります

これから始めてコンテストを目指そうとされている方、いつか一度は出てみようかなと思われている方、いらっしゃいましたらご相談の連絡をお待ちしております。

加えて、この体験記の中ではポージングやタンニングについて触れることができなかったのですが、筆者が取り組んだことを参考にしてみたい、という方はお気軽にコンタクトください!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?