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【小説】天国へのmail address第七章 戦いの日・会えない二人

橘が黄泉の国(よみのくに)に渡り、再度現世に戻る申請をし、許可が下りた時には、黄泉の国の時間では七日の月日が流れていた。しかし、現世の時間では一日しか経っていない。告別式で初七日の法要も行ってしまうからだ。以下は現世での話になる。第四章を参照



別れと再会

 
女性は隣人から回覧板を受け取ると後ろに立っていた優輔を見つける。隣人が立ち去るのを見定めてから優輔は恥ずかしそうに語り出す。
「あのー、龍馬さん、あ、橘さんはいますか?」優輔は戸惑いながらやっとの思いで言ってみた。そう言って優輔がモジモジしていると、彼女はしゃがみこんで優しい顔で言った。
「優君? 優君ですか?」
「は、はい! 龍馬さん! いえ橘さんはいますか?」
「会いに来てくださったのですね。ありがとう。どうぞ入って」彼女は優輔を自宅に招き入れた。通された和室には仏壇と床の間があって微かに線香の香りがしていた。彼女はオレンジジュースとお菓子を持ってきてくれて優輔の前に座った。
「何からお話すれば良いかしら」彼女は少し間をおいて深呼吸をして、出来るだけゆっくりと話し出した。
「主人は、あ! 龍馬さんは、先日天国に逝きました。癌と言う病気で優君とお友達になった時にはお医者様からは後二か月しか生きられないです。と言われていたのです。でも優君がお友達になってくれて、毎日が楽しくて半年も長く生きる事が出来たの。ありがとう。結局は癌ではなく、心臓発作で急に倒れてしまって、お医者様が頑張って下さったのですが、救急車で運ばれた日に亡くなりました。ずっと優君は大丈夫かな? と心配をしていたのですが連絡も出来ずにごめんなさい」そう謝る彼女に優輔は左右に首を激しく振った。
「でも一度だけ奇跡が起きたのよ」
「奇跡?」優輔は問い返した。
「天国へ旅立った主人が、一度だけ息を取り戻して、これを優君に渡してほしいと書き残したの。まるでこれを書くために戻ってきたようでしたよ」そう言うと彼女は優輔の前に一枚のメモを差し出した。
それはミミズがはったような文字で【ゆうくん・ごめんなさい・りょうまさん・こうえんのじむから・めーる】と書かれていた。
優輔は何が何だか分からないまま、お線香に火をつけて手を合わせてその場を後にした。橘の家から朝日ヶ丘公園まで歩いていると、仏壇に立てかけられた橘の写真を思い出して、涙が溢れて止まらなくなっていた。公園につく頃には号泣になって、ベンチに座ってしばらく泣いていた。どのくらい時間がたったのだろうか。優輔はもらったメモを開いた。【じむからめーる?】優輔はハッとしてポケットをまさぐり始めた。優輔が橘と初めて会った日に橘がくれたもう一つのメモが出てきた。
「ジムからメール? この公園はモンスターゲットのジムだ!」優輔は独り言をつぶやくなり、最初のメモに書いてあったEメールアドレスを自分のスマホに打ち込んだ。Eメールに慣れていない優輔にとっては、大変な作業であったが、どうしても橘に連絡を取りたいという思いで優輔は必死にスマホを操作した。
 
(龍馬さん死んじゃったの? 友達の貴ちゃんが皆から無視されて、龍馬さんがいなくなって、僕どうすれば良いの? 僕も龍馬さんの所に行きたいよ)
優輔はそこまで追い込まれていた。優輔が話しかけてもクラスメートは全く答えてくれないし、一緒に俊を助けようとした貴子までが皆から無視をされている。それも自分が原因かもしれないと優輔は思い始めていた。橘が言ったように勇気を出したくても、どうして良いかも分からない。優輔の心は張り裂けそうになっていた。
「所詮スマホゲームだもの天国へ繋がるわけないか?」優輔は諦めかけてメモを丸めて捨てようとした。
その時だった。スマホがピンポンとお知らせ音を発したのだ。びっくりして優輔がスマホを開くとメールが届いていた。
(優君ごめんね。優君に勇気出してなどと言いながら龍馬さんは病気に負けてしまいました。戦う勇気をなくしてしまった結果です。でも、龍馬さんはいつも優君を見ています。優君はまだ龍馬さんの所に来てはいけません。もう一度、今度は自分の為に勇気を出してください。それでも優君が困ったら必ず龍馬さんが助けに行きます。約束です)
信じられない現象が今優輔の身に起こっていた。
 
(龍馬さん何処にいるの?)
(『黄泉の国』にいる)
(『黄泉の国』って?)
(『天国』の事だよ)
(もう会えないの?)
(そんな事ない! 会いに行く!)
(『天国』は遠いの?)
(優君のすぐ側にある)
(僕、辛いよ!)
(龍馬さんはいつも側にいるから一緒に戦おう。優君頑張れ!)
 
二人のやり取りは続いた。橘が近くに居る。そう信じただけで優輔には勇気が湧き出てきた。
「やるだけやってみよう」優輔はそう決めた。駄目だったら? いや! 駄目じゃない! きっと龍馬さんが助けに来てくれる。優輔は公園を後にした。
歩きながら橘に自分の決心を伝えようとスマホを開くと橘とのメールの履歴が公園から遠ざかると薄くなりやがて消えてしまった。優輔は公園に戻ってみた。履歴もはっきり戻った。【公園のジム】やっぱりモンスターゲットゲームのジムの事だ! 優輔は確信した。朝日ヶ丘公園はモンスターゲットのバトルジムでいつも優輔が橘と遊んでいた想い出の場所だった。優輔は翌日行われる第三者委員会の授業参観で自分の思いを皆に伝える覚悟を決めた。
(龍馬さん! 僕、明日の授業参観で皆の前ではっきりと言う)優輔はジムから橘に決意を送った。
(龍馬さんも行く! 独りじゃないから。ジムで待っていてくれ)力強い返信だった。
 
翌日、現世へ戻る許可が下り、橘が公園のジムに姿を現す事が出来た時には既に優輔の姿は無かった。
「優君! 何処へ行った? ジムで待っていてくれと言ったのに……」
(橘殿! 優輔殿は教室じゃ)金次郎の声が橘の心に響いてきた。
(金次郎さん、金次郎さんなのですか?)
(いかにも、歌舞伎俳優の中川金次郎でござる、ヨー・イャヨー)橘には見えないが金次郎は第見得を切っているようだ。
(金次郎さんは今何処に?)
(優輔殿の教室じゃ)
(でも何故?)
(門番殿から心の声が届き、橘殿の助太刀をいたせとの事であった)
(やはり門番さん達は私が何をしようとしているのかが分かっていたのか)
(私が優輔殿のそばに居れば、現世の人間に優輔殿の姿は見えるであろうが、当の本人が姿を出そうとしない。橘殿! 急いでくだされ)
                              つづく

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