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『野菜大王』と『文具大王』第8章・大王の正体


 パプリカーンは野菜大王と向かい合って座っていた。
「台風まで起こしたらしいな。そこまでやる必要があったのであろうか?」野菜大王は言った。
「山村康太に対する教育だけでは必要なかったでしょうな」
「ならば何故?」
「康太とネロの絆を深めたかったのです」
「なるほど」
「野菜大王、なにをお惚けです。大王は既に見抜いておいででしょう。ですからお互いの街を見せて帰すようにガジャジャにご指示なさったと私は思っておりますぞ」
「さすが王国一の指導者と言われるパプリカーン先生じゃ。しかし、あなたの意図がネロにはともかく、康太に分かりましたかな」野菜大王は康太の幼い心を思い浮かべていた。
「今は分からなくても、いずれ分かる時が来ますさ」パプリカーンはたれ目の優しい顔になっていた。
「このように国を越えた友情を広げてゆけば、戦争などと言う愚かな考えもこの星から無くなると思いますよ」
「まあ時間は掛かりますがな、それにしても、ガジャジャが妖精とは面白い。ガジャジャは家来の呼び名であろう」
「とっさのフェイクでございます。まさか小学校から依頼されているとは言えませんから、そんな時の為に妖精の写真はいつも持っております」
「そこまで用意しておるのか。地上の教師たちにも見習ってもらいたいもじゃな」ふたりが大声で笑っている所に臨時特急が戻って来たとの知らせが入った。
「鉛筆ガジャジャが上手くやったようだな。文具大王に礼を言っておこう」野菜大王は満足そうであった。落ち着いて話をする横を、昭和のテレビのような頭に鋭い目と牙の口で丸々と太った大王が息を切らして右往左往していた。
「ネット大王! 毎日お忙しくてご苦労ですな」
「参っていますよ。一日三十案件以上ですぞ! 近年、ネットによるいじめや誹謗中傷が多すぎて困ります。せめてガジャジャの増員だけでもして頂きたいものです」そこにまた依頼が入った。
「ネット大王! またですか?」
「いや、文具大王の案件ですな」
「文具大王に連絡しなさい」野菜大王は近くに居た鉛筆ガジャジャに指示をしたが、ネット大王が既に連絡したと言った。大王の国でもインターネットは整備されていたのである。
野菜大王とパプリカーンがネット大王のお腹に付いていたモニターを見ると、笑顔の老人が映っていた。それは康太の通う小学校の校長先生であった。
「校長、今度は文具大王に依頼ですか?」
「はあ、よろしくお願いしたい。成績優秀なれど、物を粗末に扱う六年生がおりまして、そちらで教育して欲しいと考えております」
「かしこまりました。直ちに鉛筆ガジャジャを派遣します」文具大王の声だった。

 ジリジリジリ、けたたましい目覚まし時計の音で康太は目を覚ました。康太は目覚ましを止め、デジタル時計の日付を確認した。日付は一日しか時を刻んでいなかった。自分の部屋の天井を見つめながら康太は考えていた。「夢だったのかな? 夢にしてはリアルで長い夢だったな」そう思いながらベッドから起き上がると、その横にはたたんだ作業着と紙袋に入ったみずみずしいピーマンが置かれていた。
「学校に遅れますよ! 早く起きなさい」ママの声がした。昨日までの康太であったなら適当に返事をして、また掛け布団をかぶっていたのだろう。しかし、今の康太は違っていた。
「もう起きているよ」ランドセルに支度をしてリビングにやってきた。
「あら、雪でも降るのかしら」ママは嬉しそうに冗談を言った。
「お父さんは?」
「ランチの仕込み中ですよ! え?」康太は一階のレストランに降りると厨房に声を掛けた。
「お父さん! これ使ってくれる?」康太は紙袋を差し出した。息子に「お父さん」と呼ばれて呆然と立ちすくむ父親を無視して、康太はネロがいるポスターに「夢じゃなかったんだね」と語り掛けていた。

 普段と変わらない学校生活が康太にとっては普段とは違って見えていた。授業を受けながら自分とネロを比べていたからである。授業は特別授業だった。
「今日は戦争について考えてみましょう」先生は黒板に戦争と書いた。「今の日本は平和な国ですが、かつて日本も戦争をしていました。昭和二十年八月六日に広島、九日には長崎に、原子力爆弾という武器が投下されました。多くの人々の命が失われて戦争は終わりました」先生は日本における戦争の歴史を話した。
「先生はい!」発言の許可を求めたのは学級委員長であった。
「はい、どうぞ」
「今も戦争をやっている国は有ります」 
「そうですね。現在でも世界では人殺しの武器によって、多くの人の命が奪われ、大切な人を失った人たちは、悲しみのどん底で嘆き、苦しみに喘いでいますね」
「そんな人が大勢いるのにどうして戦争を止めないのですか?」クラス中のざわつきだった。
「今日はどうすれば戦争を終わりに出来るかを皆で考えてみましょう」
「日本が止めろと言えば良いと思います」「喧嘩なのだからどちらかが謝るとか」色々な意見が飛び交った。
「はい!」
「山村君」めったに手を上げない康太が発言しようとしたので、康太はクラス中の視線を浴びてしまった。
「終わりにする前に、始めなければ良いと思います」
「素敵な意見ですね。それでは、どうすれば戦争を始めないで済むのか? 今日、ご家族と話をしてみて下さい。特別授業の宿題です。後日、この題で作文を書いてもらいますからね」
                           最終章につづく

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