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言葉の道 (小説)

 朝起きて、本好きなコウタロウはこう考えた。

 必然性と切実さが無いと、結局、良い文章は書けない。俳句は、極限まで無駄な語句を省くから、自然と純度の高いものが出来上がる。
 自分の文章は、どうだろうか?コウタロウは、自問した。

 文章を書くに当たり、論理や整合性も重要だけど、もっと大事なものがある気がした。突き詰めると、言葉をどう使うか、という問題になる。日常生活において、あるいは仕事において、言葉をどう使うか?

 言葉と文字は、何も考えずに使う事もできれば、よく考えて使う事もできる。言葉で全ての物事を表現することはできないが、可能な限り、適切な言葉を使いたいものだ。
 コウタロウはそんな風に考え、手帳にこう書き記した。

「言葉は、表現の一つの道である」

 よし、そしたら道を究めてやろう。コウタロウは、熱心にノートにボールペンで言葉を書き連ねた。試行錯誤して、文章をひねり上げた。いつしか日が昇り、昼が過ぎ去った。

 夕方、コウタロウは散歩に出た。ただ歩くのもつまらなく思えたので、書店に寄った。駅前の行きつけの書店だった。コウタロウは好きな文庫レーベルの新刊の棚をチェックし、良さげな一冊を見つけると手に取り、レジに向かった。
 顔馴染みのない女性店員がいた。店員は、よく手入れされた真っ白いシャツを着ていた。
「○○円です」
 店員は言った。透き通る声だった。店員は、コウタロウの置いたお金を、丁寧に扱い、おつりを返した。コウタロウは店員の手を見た。細くて器用そうな手だった。
「ありがとうございました」
 店員はよく通る声で丁寧に言った。
「ありがとうございました」
 コウタロウはテンポよく、気持ちよく聞こえるよう返した。

 コウタロウは店を出た。静かに帰路に就いたが、心は躍っていた。目にも鮮やかな夕陽が沈むところだった。

「言葉の道。それはよく手入れしておくものだ」
 コウタロウは、手帳にそう記した。




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