リョウスケ

日常の事、生活の事、考えた事、思い出す事、等々を書いていきます。

リョウスケ

日常の事、生活の事、考えた事、思い出す事、等々を書いていきます。

マガジン

  • 異邦

    • 9本

    このマガジンは休止中です。

最近の記事

散歩道

 最近、いろいろな事を考えた末に、自然信仰ともいうべきものに、僕は行きつきました。  それだから僕は、なるべく外に出ます。散歩をします。風の音に耳をすませます。そして今は、とても良い季節です。  noteの更新頻度は、これから落ちるかもしれませんが、働きながら、遊びながら、書きながら、生きていこうと思います。  俳句や短歌は、素晴らしい文化ですね。俳句や短歌を、上手いこと長くしたような小説を、書いてみたいと思っています。  桜が散り始めています。そして毎日、なかなかに暑い

    • 俳句と短歌 4月10日

      友が去り桜咲く夜は日記付け 読書灯あの人の写真照らせども一人灯消せば外花吹雪

      • 「自分」にも「他人」にも焦点を当てない。 やりたい事をやる中で、人の為になれば良い。 というのが、最近のモットー。

        • 言葉の道 (小説)

           朝起きて、本好きなコウタロウはこう考えた。  必然性と切実さが無いと、結局、良い文章は書けない。俳句は、極限まで無駄な語句を省くから、自然と純度の高いものが出来上がる。  自分の文章は、どうだろうか?コウタロウは、自問した。  文章を書くに当たり、論理や整合性も重要だけど、もっと大事なものがある気がした。突き詰めると、言葉をどう使うか、という問題になる。日常生活において、あるいは仕事において、言葉をどう使うか?  言葉と文字は、何も考えずに使う事もできれば、よく考えて

        マガジン

        • 異邦
          9本

        記事

          試行錯誤

          先日、文章を書いている友人が、「アイデアはあるけど形にできない。文章化できない。」という事を言っていて、はてこれはどういう事だろうと、考えた。 中上健次の「問答無用」という人生相談集に、これとよく似た質問に対する中上健次の回答が載っている。中上らしい熱意ある回答であり、僕もその回答に基本的には同意する。 その引用は、長くなるのでここには載せないが、その回答を下敷きにして、自分なりに考えた。 基本的に僕は、アイデアは文章化できる。形にできる。 しかし、上手く言葉にできない

          執念(小説)

          ケンタは近頃、嫌な夢ばかり見た。 そこから逃れるように、毎日ケンタは精力的に動いた。 夢に、喰われるような気がしたからである。 そうして動いていると、果たして良い事はいくつもあった。 お金が稼げた。彼女ができた。 それでも何となく心は満たされなかった。 嫌な夢も、相変わらず見た。 ある夜、夢の中に老人が出てきた。 老人は、 「よく頑張ったな。褒美をあげよう。」 そう言った。 「家の軒下の地面を、掘ってみよ。これまでの、報いじゃ。」 そこまで聞いたところで、ケンタは目を

          執念(小説)

          たまに見た空

          今日はやる事がいろいろあった。 午前中は洗濯をして、リサイクルセンターへ不用品の処分に行った。 午後は買い物をして、古い友人と会った。 束の間の休息。 旧友と会うのは懐かしく、楽しい体験。 友人に会う前に、時間があったので自然公園へ行った。 公園は谷間にあり、小川が流れて、風が吹き抜けていた。 空を仰ぎ見れば、大きなサギが飛んでいた。 風は、まだ冷たさを残しているが、心地良い。 公園の草木はまだ枯れていて、人は一人もいない。 ここが、自分の原点だと思った。 風に吹かれ

          たまに見た空

          春への期待

          朝は晴れたが、その後は雨と雪。寒いのである。真冬に逆戻りしたようだ。 音楽に、南方系の音楽と北方系の音楽があるように、文学にも南方系の文学と北方系の文学がある。 文化は、それが生まれた土地に根差している。 僕は北国に住んでいるが、冬は苦手である。毎年、毎年、体の芯まで染み込んでくる、この寒さ。心まで凍えてしまう。 それでもこの寒さが、僕を毎年、奮い立たせる。春へ春へと、気持ちを昂らせる。前へ前へと、思考を進ませる。 春夏秋は、あっという間に過ぎてしまう。それに対して冬

          3月の曇り空

          今日は3月11日。東日本大震災から、13年経つ。 今日は曇りで、空はガスで覆われたように白かった。 仕事帰り、夕景の撮影を試みようと西の空を観察していたが、今日は撮影を諦めた。 帰り道、橋のたもとの小さな川で、おじさん達が釣りをしていた。この季節だとフナだろうか。 夕陽は黄金色に輝いていたが、空はどんよりと雲に覆われていた。 13年前、僕は職業訓練所に通っていて、その日はたまたま休みだった。昼寝から目覚めた後、テレビで震災を知ったのだった。 僕はその後縁あって一度東

          3月の曇り空

          不満足、あるいは空虚

          不満足、あるいは空虚を感じるという事は、大事な事だと思う。 不満足であれば、希望を求めて行動するようになるし、空虚を感じていれば、これまた充実した何かを求めて行動するようになるからだ。 不満や自己嫌悪が人間の活動のエネルギーになる、という事を論じたのはエリック・ホッファーであり、中上健次である。恐らく松本清張も似たような考えを持っていたのではないかと僕は思う。「或る『小倉日記』伝」は名作である。 人間、上手くいっている時は、大して物事を考えないものだ。逆にピンチに陥った時こ

          不満足、あるいは空虚

          やるだけの世界

          僕はアラフォー世代になった。 体力も気力も、もう以前とは違うのを感じている。 重い話になるが、死というものも身近になってきた。 死ぬまでに、やる事はやっておきたい。最近はそう思っている。 死ぬ間際までに、10代や20代の頃思っていた事や悩んでいた事を引きずっていたくない。そう僕は考えた。 やりたい事は今やろう。 過去を思い出す事なんていつでもできる。 家に帰る電車の中か、夜寝る前に思い出せば充分である。 そしてやりたい事は、計画を立てて、やるだけである。 悩むとすれば、計

          やるだけの世界

          散歩の日

          今日は散歩してきた。 2月だが、もう既に暖かい。 池では鯉が日なたでのんびりしていた。 水鳥もゆったりと水面を泳いでいた。 斜面を歩き、丘に登る。 青く晴れた空が、目の前にいっぱいに広がってくる。 胸のすく思いがした。 やりたい事があったら、やれば良い。 欲しいものがあったら、追い求めれば良い。 見たいものがあったら、足を延ばせば良い。 たったこれだけの事を、忘れがちだ。 丘から下ってきて、何故か、そんな事を思った。 日常生活で溜まった、思考や意識や情報を、たまに

          うまくなど、生きれっこない(エモという音楽)

          エモという音楽が好きである。 30代後半になっても好きである。 生きていれば、感情を吐露したくなる時はある。 激情を抑えきれない時はある。 ブルーハーツの「人にやさしく」に、 という歌詞があるが、まさしくそんな気持ちである。 そう、そんな時は、エモを聴こう。大学ノートに思いの丈を書き綴ろう。そして夕陽を見に行こう。 深刻になるなと言われても、なってしまう時がある。懐かしい思い出もじんわりする思い出もしんどかった思い出も、自然と思い出してしまう時がある。 そんな時はエ

          うまくなど、生きれっこない(エモという音楽)

          モノの記憶

          年の瀬である。大掃除をした。 以前使った、PSPやらMDプレイヤーやらが出てきた。 PSPは、バッテリーが寿命を迎えていた。バッテリーが膨張して、バッテリーカバーが外れていた。電源を接続しても、当然ながら充電できない。 どうやらこれは代替品のバッテリーを探すしかなさそうだ。 MDも、バッテリーが寿命を迎えていた上に、バッテリー周りがだいぶ劣化していた。試しに、ネットで安く売られていた代替品のバッテリーを買い、本体に入れてみたものの、バッテリーをうまく認識しない。操作している

          歴史と科学とは、似たような学問なのではないかと、ふと思った。どちらも、ブロックで作られた城のようだ。事実や、検証結果といったブロックを、慎重に積み重ねて作っていく。たまに、増築や改築もする。

          歴史と科学とは、似たような学問なのではないかと、ふと思った。どちらも、ブロックで作られた城のようだ。事実や、検証結果といったブロックを、慎重に積み重ねて作っていく。たまに、増築や改築もする。