天使の歌声#08

懸命に頭を下げた。


「お前の音に対する心のコンパスってそんなもんだったんだな。
呆れたよ。見たことも何も知らないそいつのため?
そいつのためだけに奏でたい?」

シンラも僕も本気だった。
トキオはブラックコーヒーをすすりながら、ただ聞いていた。

「そこにひとりでもいるなら全力で、鳴らす。それが僕たちの
演り方じゃなかったのか?」

「それはそうだ。だけど俺たちであって、ソウマのソロでの話じゃない。
土下座なんて、そんなの俺が見たいと思うか?見て、はい、そうですか。
ってなると思ったか?俺のこと馬鹿にしてるとしか思えない。」

「人はいずれ死に絶える。明日僕が両腕が動かなくなったらどうする?」

「それなら辞めるよ。足も手も洗う。でもそれはたられば、もしもの話で
あって確率的には薄いし、、

そこでトキオが口を開いた。

「背中、押してやろう。少し俺たちも走りすぎてた。
よく知らないけどソウマだって恋くらいする。また新しい歌が生まれる。
ソウマがこれだって思った声なら信じよう。見た目なんて入れ物に
過ぎない。大切なのは心だろ。誰かの傷みに寄り添うための音楽で
当の俺たちが仲違いしてどうする?

活動は休止しよう。」

シンラはすぐ傍の円錐の灰皿を蹴り倒して、noiseから
出て行った。

「トキオごめん。僕の勝手で、、

「そういう時はありがとうだろ。俺の方が申し訳なくなる。
で、どんな子なんだ?」

はにかみながら、トキオは言った。

「月去れば 温もり恋し 笑顔の写真
 恋することの 幸せよ 愛するほどに 月の声 響く」

「ってハミングしてた。天使のような歌声だった。
きっと僕が描いた曲だと
知らないと思う。トキオたちには言ってなかったけど
これまで
大手とか無名とか関係なく楽曲提供してた。
誰も僕がMoon Raver だとは知らない。
ログも消してある。少しフェイクはあるけど。
 悪かった。遅かれ早かれ僕はここに居られなかったんだ。」

「知ってたよ。」

「あちこちで流れてた。シンラがすぐに気付いた。ソウマはいつも遅れて
スタジオに来る。誰よりも忙しいだろうってだから何も
言わなかった。そりゃはじめはシンラはマグマのように憤怒してた。
でも
このベースライン気持ちいいなとかこういう味の歌詞描けるんだなって
次第に言うようになって、誰よりも早くスタ練入ってたのは
負けてられないからって言ってた。
俺にはここしかないんだって、だからここに全身全霊を、声に
命をかけるって。ソウマが来る前とかに失神してることも
しばしば、あった。」

「僕にも知らないこと、話してないことあったんだな。」

「じゃあ、こんなところでこんなものだけど、二人で乾杯だな。
心友の門出を祝って。」

「シンラいいのか?」

「俺がまとめておくから。これが最後じゃないだろ?
もし仮に最期だとしても
音と音で繋がってる。誰かの描いた曲が誰かに響く。
それはきっと心が繋がった瞬間だ。
離れてたって俺たちは俺たち。変わらないさ。」

ぶつけあった缶の音は

いつかどこかで聴いた祝福の鐘の音のように
聴こえた。

グレープフルーツの
香りとともに。





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