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ボードゲームは構造を構造のまま伝えるメディアである。ぼくがこんなに「ボードゲームしている」理由。

こんにちは。ボードゲームの人、山本龍之介です。
「日本現代ボードゲームの父」と呼ばれるために、ボードゲームを作ったり、ボードゲームの研修会社をやったり、ボードゲームについて考えたり、ボードゲームについて呟いたりしています。

とにかく、いつも「ボードゲームしている」のです。でも、なぜぼくがこんなにも「ボードゲームしている」のかは、実はあまり多くの人にお話したことがありませんでした。

ぼくが「ボードゲームしている」理由は一言でいうと、ボードゲームには人の認識構造を変える力があるからだと思っています。

学術的根拠は全くないけど、これからここに書いていく仮説がぼくにボードゲームをさせているのです。

本noteでは、なぜ僕がこんなにも「ボードゲームしている」のかについて、個人的な感情をベースに、でも大胆な論理と共に書いていこうと思います。

すこし文章量が多く、複雑な内容になっているかもですが是非お付き合いください。(めんどくさければ、すっ飛ばして4章から読んで頂いても大丈夫です。)

1,世界経済をボードゲームで学ぶ。

まずはじめに、ぼくとボードゲームとの出会いから大学生までざっと振り返ります。

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家で小さい頃から遊んでいたゲームたち

ぼくの家にはボードゲームがふつうにある環境で、野球やドラクエと同じように、友達や家族とボードゲームで遊んでいました。

そのまま大学生まで時は流れ、学部では国際経済を勉強しました。その中で、いわゆるロスチャイルド陰謀論やB層など、怪しくも、世界の格差を作り出していると言われる構造を知りました。

戦争や経済格差などの諸悪の根源は全てそこにあって、ぼくらはその実情について隠されていて何も知ることができない、知ろうとしても複雑すぎて理解できない。しかも、周りの大学生はそんな事情に目もくれない─。

その当時のピュアッピュアなぼくは、この社会は全くどうかしてる!なぜみんなこれを知ろうとしないのだ!と本気で思っていました。

そうこう考えている時に思い出したのです。幼少期からのゲームプレイで得た「世界はボードゲームで、表現できる。」という考えを。

例えば、現実は煩わしい”無人島開拓”や”不動産売買”も、ゲーム上では楽しめてしまう。これは、それらのテーマのキモになっている箇所だけを取り出しているから。無人島での火起こしや不動産購入の役所登記もなしにシステム化された、本質だけを楽しめているのです。

じゃあ逆に言うと、世の中のどんなテーマでも本質だけを抽出できれば、ボードゲーム化は可能なのではないか。つまり、世界はボードゲームで表現できる。そう考えるようになったのです。

「世界経済の不平等と、その複雑さ」そして「学習ツールとしてのボードゲーム(メデイアボードゲーム)の強み」。この2つから、このくそややこしい世界経済の構造もボードゲームで表現すれば、みんな楽しく学べるのではないか、そんな発見に至ったのです。

さらに、世界経済だけでなく、哲学や法律、ビジネスまで、ボードゲームで学べる環境があれば、もう少し素敵な社会になる。この瞬間、ボードゲームを仕事にしようと思いました。
今でも覚えている4年前の2月、寒いベッドの中での瞬間でした。

2,活版印刷が作り出した”無意識”

ここまでは、ボードゲームに関する些細な気付きでしかありませんでした。本章では、ぼくが「ボードゲームしている」理由に大きな影響を与えたセクシーな考えを紹介します。

先の発見から、ことあるごとにボードゲームについて考えていきました。どんな本を読んでいても、これってボードゲームでいうと何だ?と考えるようになりました。

そして、この人に出会ったのです。

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メディア論の男、マーシャル・マクルーハン

彼についての詳細は、リンクを見ていただきたいのですが、平たくいうとメディア(=情報媒体)について、ひいてはIT社会そのものについて深く考え、鋭く発信した人でした。

彼の作品の中に『グーテンベルクの銀河系』という著書があります。

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この本の主張が、ぼくをボードゲームに駆り立てました。
その内容については以下の2記事をもとに理解しています。

70夜『グーテンベルクの銀河系』マーシャル・マクルーハン|松岡正剛の千夜千冊( https://1000ya.isis.ne.jp/0070.html )
※なぜかこのリンクが貼れなかったので、コピペで検索してみてください…

誤解を恐れずに一言でいえば、本書は「人の無意識はグーテンベルクが開発した活版印刷機によって生まれた」に要約されます。

もう少し内容を見てみましょう。
活版印刷の登場以前、「世界の情報」と「聴く情報」と「文字情報」は同質的でした。古代や中世の人々にとって、読書とは黙読ではなく、音読でした。つまり「世界の情報」を表した「文字情報」は、音読(=「聴く情報」)で初めて理解するものだったのです。

しかし、そんなときグーテンベルクによって活版印刷機が発明されました。印刷機によって人々が”文字というメディア”に触れられる機会が極端に増えたのです。そして、黙読を行うようになりました。音読しなくても、文字情報を理解できる。このとき、「世界の情報」と「聴く情報」と「文字情報」が分断されたのです。マクルーハンは、それによって、人間はつねに慢性的な夢遊病に陥ったと言います。

見ている世界と、聴こえる世界と、考える世界が、頭の中でバラバラに存在するようになった。分裂病的心理状態になったヒトは認識できない新しい意識、無意識を獲得しました。つまり、活版印刷機が増幅させた「文字という新しいメディア」が無意識を生んだのです。ぼくらはグーテンベルクが作り出した無意識という銀河系の中で生きているのかもしれない。これが、とてもざっくりした『グーテンベルクの銀河系』の主張です。

ここで僕が注目したのは、新しいメディアを手にすることによって、後天的に人の認識構造は変化する可能性があるということです。(文字自体はずっと前からあったので、それが大量に増えたというのがポイント)無意識なんてヒトが誕生した瞬間から備わっていた機能っぽいのに、実は発明品によってつい数百年前にやっと登場した機能なのかもしれない。これが、ぼくに新しいメディアとしてのボードゲームの可能性を提示してくれました。セクシーですよね、この考え。

3,そして、ボードゲームが作り出す”構造的認識”

やっと本章で、ぼくをこんなにもボードゲームさせている理由を説明できます。「1、複雑な世界経済でもボードゲームではそれを表現でき、さらに楽しく学べるかもしれない。」「2、氾濫した文字というメディアが人の意識構造を変えたかもしれないということ。」の2つから、壮大な仮説を得たのです。

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活版印刷機によって溢れた文字が無意識を生み出したように、「ボードゲームは”構造的認識”を拡張する」これが、ぼくの仮説です。

”構造的認識”とは、ぼくの造語です。フロイトの意識・前意識・無意識とは、全く別軸です。特にどのジャンルに分類できるかもわかりません。でも、”構造的認識”としか呼べない何かがあるのは確かだと思います。(何か呼び名があったらごめんなさい、教えて下さい。)

例えば、じゃんけん。じゃんけんを文字で説明すれば、「グーはチョキに勝って、チョキは…」のような文字情報に変換されます。しかし、頭の中ではどう認識しているかといえば、三すくみそのもので理解していると思います。そして、いちいちじゃんけんのルールブックを読み直すことはないでしょう。頭の中では、じゃんけんのルールをグー・チョキ・パーという要素とそれぞれの関係性を構造として認識しているのです。

じゃんけん程度の構造なら、だれでも理解できます。しかし、世界経済の仕組み、例えば、金利が上がれば、株価や国債にどういう影響があって…などはなかなかじゃんけんのように理解はできないでしょう。たぶん暗記的に金利と株価の関係を文字として覚えるだけになってしまいます。

それは、要素が多く、関係性が複雑だから。そもそも世界経済をじゃんけんのような構造として理解しようと思わないはずです。ここに課題があります。実際、世界は複雑で、文字でなんて表現できない。それでも、理解しようとする試みに人の真価があるのです。少しでも世界を知るには、文字で認識するのではなく、構造で認識するしかありません。

これまでの情報伝達は基本教科書の文字か、先生の音声(=文字)によるものでした。先生はある教科書内容を音声(=文字)に変換して、生徒に伝える。その後、生徒は文字情報を、構造に再構築して頭の中で理解します。そんな文字を構造的認識に最終変換する工程は、残念ながらかなり難しいし、周りから確認できないのでちゃんとできているかの確認もされにくいものです。

もう少し、文字的認識を構造的認識を解説してみます。みなさん、本や漫画を読むことは、活字離れの現代とはいえ少しはあるはずです。その時、眠たくなって、文字は追っているものの内容が全く頭に入ってこないなんてことありませんか。(もしかしたら、このnoteでもそうなっているかもしれません笑)それが、文字的認識です。しかしそこで、あ、いけないいけない、しっかり読まないと、と思ってもう一度ストーリーや内容を理解しながら本を読み始める。これが、構造的認識です。実際、学校の勉強では、前者のほうが多いのではないでしょうか。

文字による認識と、構造による認識を少しはお伝えできたかと思います。では、本や漫画ではなく、それがボードゲームだったらどうでしょう。これもじゃんけんで考えてみます。じゃんけんを知らないひとは多分、友達からルールを口頭の説明(=文字)で聞きます。ここまでは、通常の文字による伝達と同じです。しかし、ここからそのルールの構造を理解する必要があります。グーに勝つには、何を出せばよいのか…と。なぜなら、じゃんけんはゲームだから。ゲームは、ひとのモチベーションの根源である「楽しさ」をデザインしたものです。つまり、ひとはゲームの楽しさには抗えません。ボードゲームではこの楽しさというモチベーションが文字的認識止まりから構造的認識への変換を促進させます。そして、ひとは何万回繰り返したかわからないじゃんけんを今だに楽しむのです。

このように、ボードゲームではルールブックの文字情報をしっかり構造的認識する必要があり、またそのモチベーションも担保されています。つまり、ボードゲームで表現された世界は、確実にその内容を構造的認識されるのです。これまでの教育や情報伝達の媒体では、できる人ややりたい人だけが、構造的認識を行い、いわゆる頭のいいヤツになっていきます。しかし、構造的認識は、多少先天性はあるとはいえ、みんな訓練で獲得している能力であるはずです。初めは簡単な内容でも、ボードゲームで何かを知るという環境が用意されていれば、構造的認識を行う訓練ができます。

ここで、ゲームならなんでもいいのか?ボードゲームでなくて、デジタルゲームでもいいのか?と言ったことも気になってきます。答えは少しイエスです。どちらも楽しさにうまく乗せられ、構造的認識を行い勝負に挑みます。しかし、ここでボードゲームとデシタルゲームの違いの一つが効いてきます。それは、ゲームルールの番人です。デシタルゲームは、その演算能力の高さから、人が考えうる以上の情報をデバイス側で把握してくれます。それによりルール違反はコンピュータ側から知らせてくれます。このように、デジタルゲームではルールを完全に理解していなくても遊べてしまう可能性があるのです。しかし、ボードゲームではそうはいきません。なぜなら、ボードゲームにとってのルールの番人は、プレイヤー自身のルール認識のみだからです。ルールを自分たちで全て理解してないとせっかくのゲームも楽しめません。つまり、デジタルゲームでは構造的認識が進まないこともあるのですが、ボードゲームでは確実に構造理解をする必要があるので、より構造的認識を促進するメディアの価値は高いのです。

あることをボードゲームで表現すると、それを文字的認識で止まるのではなく、構造的認識まで促してくれるのです。このことから、ぼくはよくボードゲームは構造を構造のまま伝えるメディアである、と表現しています。

4,100年後、もしボードゲームがメディアになっていたら。

やっと最後の章になりました。ここまで自分でボードゲームで伝えることの良さを書いていきながら、文字だけで本noteの内容を構造的認識しているみなさん、ほんとうにありがとうございます笑。最後に、結局ぼくがどういう未来を見ているのかを書いて終わりにしたいと思います。

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ここまでをまとめると、
・ボードゲームで、世界を表現できる。

・かつて新しいメディア(=氾濫した文字文化)は、人々の意識の仕組みを変化させた可能性がある。

・上と同じように、ボードゲームは人の構造的認識を拡張させるのではないか。
ということになります。

もっとまとめると、かなり乱暴ですが
ボードゲームを通して触れれば、この世のことはなんでも構造としてしっかり理解される!
ということです。

では、例えば100年後、メディアとしてのボードゲームがしっかり根付いた世界はどうなっているのでしょう。全員が、楽しく学習できている社会。そこでは、「人が今よりもしっかりと、何が正しいのかを考える材料と能力を持つようになる」と考えています。

大学生のあの時衝撃を受けたロスチャイルド陰謀論などには、今ではあまり関心もありません。それよりも、本当に社会にとって重要なこと。例えば、生活や思想の多様性や、一番おもしろいボードゲームは何かなどに、ついて議論できる未来。

そんな未来よくないですか。ボードゲームがメディアとして社会の市民権を得たらどうなるのか、そんな世界になっているのか、はやく見てみたい!これこそがぼくが「ボードゲームしている」理由なのです。

100年後と言いましたが、実際はそこまで遠くないのかもしれません。ぼくらが作った企業研修用ボードゲームは少しずつ多くの方に認識され、大企業や大手ベンチャー企業でも導入され、学習の方法として認められてきています。また、それに共感して一緒に広めてくれる仲間も集まって来てくれています。

これからも、こんな理由の「ボードゲームしている」に注目していただき、あわよくばお力を借りれれば嬉しいです。(大層なことは言わず、周りの人とボードゲームで遊んでくれるだけで、はっぴーです。)

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そんなメディアとしてのボードゲームとどうやって作るんだ!という方は是非このnoteも読んでみて下さい。作り方をまとめています。

それでは皆さん、より良いボードゲームライフを!


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