車好きの社員(フィクション)

「新卒が全然いない。どうにかしてくれ!」
人事担当らしき人は汗を全身に浴びている。
こんな風景は見慣れている。なぜ、202X年まで放っておいたのか、よくわからない。

私は数年前に今の職場に入った。いわゆる常用派遣というやつで、派遣会社に所属し、外部の会社に派遣される。
何故入ったのかといえば、リスクを軽減するためだ。元々は研究者を目指して大学院まで進んだ。このまま、博士まで行くつもりだったが、実際に研究というものをすると、思っていたのと違っていた。
私は様々なことを知るのが好きだった。興味があれば、ネットで調べ続けて答えにたどり着くし、興味を持った本を買い続けたりする。
しかしながら、研究には知ることが好きな人よりも、研究の過程が好きな人が向いていた。

職場は自分が選べない。二つの会社に派遣の了承が得られた時、最終的にはどれくらいお金を払ってくれるかで決定したらしい。
私は何度もため息をついた。
結局は、最初に車業界に入った時点で、ずっとこの業界にいることが決まったも同然だったのだ。日本で最もお金を稼ぐ業界に。

私は、いくつかの会社を転々としたが、皆同じだった。

社員は残業する前提で仕事をこなしていた。彼らは、すればするほど偉いように振る舞った。
「これ以上、残業できないんすよ。」
残念そうに笑いながら言った。

そして、彼らは皆が車好きだった。
「車持ってないの?」
「ローン10年で買いましたよ。」
渋滞に巻き込まれて出勤しながら、車を持っていることを誇った。

私は車が好きでなかった。
単純な交通機関の一つと考えていたし、個人で持てるものとしては、事故が起きた時の損害が大きすぎると感じていた。
だから、早く試験的にでも自動運転を導入すべきと、よく主張した。
「ここではできないんだよね。」
私も聞いていない振りをしていた。

仕事としてやっていたのは、適切な車であることを証明することだった。
例えば、排気規制を満足しているか。大きな振動が出ないか。以上が起きた時に、きちんと報告してくれるか。これらは未だに手作業が多い。
試験を行う試験課と呼ばれる方々がいて、「私たちはこんな目的で、このような走行をしてほしい。」と依頼する。理由は、排気規制ごとに走り方が決まっているから。異常が起きる状況を再現する準備の走行もある。自動的な走行で済ませられるのは、耐久走行ぐらいだ。

まあ、こんな仕事もしばらくしたら、仕事で無くなるんだろうと、思っていた。5Gの普及によって、車についたセンサーの情報が大量に入るようになるだろうし。
実際にそうなった。ビックデータ解析を得意とするIT企業が、自動車業界の中小企業を買収し、過去データを得た。それらと最新のデータから、車ごとの傾向を分析し、修正点を自動で割り出してくれるようになった。私たちの仕事は、「仕事」から「工程の一つ」になった。

そんなわけで、私は派遣先を移ることになった。次は全く違うことをしたいと思い、派遣技術者の営業をすることにした。それが今だ。

「申し訳ありませんが、今回の要件は違いましてね。今季限りで契約を終了することになりました。」
「えっ。なぜ?」
「派遣されていた方との面談で、皆さんが新しいことに挑戦したいそうでしてね。それぞれが、自身の作りたいプロダクトのプレゼンをしてくれたのです。それを候補先に紹介したところ、採用していただける企業が多数現れましてね。」
「しかし、私らは長く雇用契約を結んできたでしょう。」
「弊社はすでに、取引先よりも、労働者を尊重する会社となりましたので。」

人事担当のいる自動車会社が慌てているのは、学生の直接応募が激減したためだ。理由は共通している。
「残業させられるから。」
彼らは、動画投稿サイトやSNSで、労働者の苦悩を聞き飽きている。そして、好きなことをして生きていけることを知っている。いつでも、分かりやすく解説した書籍や動画で学べることを知っている。
彼らは、会社に所属しない。仕事を受けて、完了したらお金を頂く。
お金が貯まったら、旅行したり、全力でまた好きなことをする。
仕事の履歴は正式に資料として溜まっていき、次に活かせる。仕事をしてもらう側も、簡単に履歴を検索できる。
「起業という言葉は死語になる。」
世界最大の民間宇宙旅行会社 社長は、そう言った。

自動車会社がこうなった理由について、経済評論家は色んな意見を並べ立てている。それにいくら払っているのだろう。
私は、車が好きな人を雇いすぎたからじゃないかと思っている。
好きなことなら、働いているなんて思わないから。

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