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【ショートショート】メガネメガネ

「メガネメガネ!」
 それは昭和の伝統的漫才の反復ではない。かつて、伝説の漫才師は、メガネを探す姿でお茶の間を爆笑の渦に巻き込んだ。
「メガネメガネ!」
 絶叫する相方は、既にメガネをかけている。これは型通り。
 しかし、そのメガネは激辛だった。レンズにもツルにも鼻あての部分にも、ハバネロのペーストが塗りたくられていたのだ。
「メガネメガネ!」
 相方が叫び続けているが、俺にはどうすることもできない。それを外してやろうにも、手袋もタオルもない。棒のようなものでもあれば、引っ掛けて外してやれるが、残念ながら、舞台の上には何もない。
 せめて、お客さんが笑ってくれていればいいのだが、残念ながら、誰も笑っていない。そりゃそうだ。二人の漫才師が出てきて、突然、そこに落ちていたメガネを拾って掛けた男の方が絶叫し始めた。シュールすぎて、誰もついて行けない。俺だってついて行けない。
「メッガッネッ! メッガッネッ!」
 相方は、メガネの一音一音に力を入れ始めた。なんだか、メガネコールを要求しているような口ぶりだ。流れのある対話の中で、口調が変化したというのであれば、もしかしたら面白かったのかもしれない。実際、客席の何人かは、半笑いになっていたりする。しかし、これでは、爆笑は取れない。俺の欲しいのは爆笑だ。
 そもそも、相方にメガネを拾われたのが、間違いの始まりだった。メガネの存在に気づいたのは、俺の方が早かった。真っ赤に染まったメガネ。それを見つけた瞬間、相方の様子など伺っている場合ではなかった。顔を上げた時には既に相方は床に倒れ込み、その勢いで、メガネを顔に装着したのだ。
「メッガッーネェッ! メッガッーネェッ!」
 まるでオペラのような仰々しい語り。両手を広げてアピールしているが、前が見えていないせいで、俺の方を向いてしまっている。せっかく、客席にちらほら笑い声が上がり始めたというのに、これでは効果は半減だ。
 しかし、相方の様子はどうもおかしい。ネタとしてアピールしているのではなく、本当に俺に向かってアピールしているようだ。
 あ。
「メガネメガネて、君、もう掛けとるやないかい!」
 俺のツッコミが、相方の左肩に炸裂した。
「どうも、ありがとうございました」
 拍手が聞こえる。良かった。俺が舞台をぶち壊すようなことにならなくて。

Photo by Alex Perez on Unsplash

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