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長台詞

27歳、まだ役者をやっていた頃、バイト明けに部屋でルームシェアしてる同居人とくだらない話をただ1時間するだけ、という二人芝居をやったことがある。僕は脚本と演出と出演もやった。

僕はとにかくその舞台で『日常』の面白さを再現したくて、様々な仕掛けを仕込んでいた。そのひとつが、『長台詞』であった。

普通の演劇にも長い台詞はもちろんある。それは登場人物の心が大きく動いた時に出てくるものであったり、大きなカミングアウトであったり、とにかくストーリーに大きく関わるものであることが多い。しかし僕は、そうではない、ストーリーに全然関係ない、中味も何にもない長台詞を入れたかった。実は日常の中に、そういう長台詞がたくさん隠れているからだ。そこで僕が採用したのは、『やよい軒の朝定食のコスパの良さを長々と語る』という長台詞だった。


俺こないだ池袋で舞台やったやんか?その劇場の近くに定食屋さんがあって、そこの朝定食がすげえ良かったんよ。まずごはんがおかわり自由なんよ。んで、朝だったら定番の納豆定食とかがあるやろ?納豆とごはんと味噌汁と味付けのりと生卵がついて、290円か390円なわけ。…390円だったかな?で、プラス100円で冷奴付けれたりするわけ。やからまず味付けのりでご飯1杯いくやろ?んでプラス100円で付けた冷奴でもう1杯。で、卵で1杯納豆で1杯…までいくと流石にお腹ポンポコリンになるから、ここは贅沢に納豆卵かけごはんで1杯いくわけよ。な?ええやろ?しかも、朝やから朝の定食だけとかじゃなくて、普通に丼モノとか普通の定食とかも頼めるわけ。だから朝定ではちょっと軽すぎるかな?みたいな時は、何とかハンバーグ…何とか定食とかも頼めるわけよ。


という台詞である。長さだけだとシェイクスピアもかくやという尺ではあるが、中味も何にもないし、ストーリーにもほぼ何も関係ない。たぶん見てくれたお客さんも、これがこんな長台詞だとは思いもしなかったと思う。台詞だと思ってしまうと長いけど、意外と普段の日常でこれくらいのことは喋っていたりするのである。これぞ日常。我ながらとても気に入っている台詞である。

この二人芝居は当時友人4人でルームシェアしていた一軒家の自分の部屋を舞台にして、リビングを客席にして上演するというトンデモ企画で上演したのですが、その辺の話はまた機会があれば書くことにしますね。

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