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非道の独裁者、原動力は「怒れる正義」だった _feat.ヒトラー<アンガーマネジメント編 #2/3>

「許せないことが多すぎる……!」

いつも怒っている人について、「個人の倫理観が暴走している状態」という話を前回しました。
前回はコチラ▷▷▷ 「許せない」「ありえない」は暴走のはじまり _feat.ロベスピエール <アンガーマネジメント編 #1 /3>

倫理観が暴走してしまうといい結果にならないということをまとめました。もう1人、その暴走が世界中を巻き込んで不幸にした「倫理観暴走タイプ」を紹介します。

ナチス・ドイツの指導者、アドルフ・ヒトラーです。

ヒトラーといえば、国家社会主義ドイツ労働党の指導者で、全世界を第2次世界大戦へと導き、国家的な大量虐殺を指導した独裁者の代表格。

一見倫理とは正反対にいると思う人もいるかもしれませんが、彼を突き動かしたものは彼が信じる倫理や正義であり、それらが実現されない世界に対して常に激しい怒りを持って生きていました。

自分を認めない世の中に怒るニート時代

ヒトラーは非常に厳格な父親と過保護な母親のもとで育ちました。彼の上に3人子どもがいましたが全員病死しています。ヒトラーの母親にとって子どもを3人亡くしたあとに授かったのがヒトラーで、溺愛しました。

ヒトラーも母親が大好きで、自伝『我が闘争』の中でも母親への愛情を語っています。父親のほうはヒトラーにまったく愛情を注がなかったらしく、息子も父親のことが嫌いだったようです。ヒトラーは人生を通じて母親以外から愛情を注がれた経験は希薄だったと思います。

学校ではいわゆる落ちこぼれ。友人もなく学業への興味もなく、さらに出来ないことを先生のせいにして怒り、16歳で学校を辞めています。その後は現在でいうニート生活を長く送り、気の向くままに絵を描いて暮らしますがうだつがあがりません。

行きたいと考えた美術学校「ウィーン・アカデミー」にも2度にわたり不合格。そのまま放蕩生活を続け、ついにはホームレスになります。自身への反省はなく、芸術の評論をひたすら口にしながら、自分の才能を認めない世の中に怒っていました。

ドイツ軍隊ではじめて見つけた居場所

そんな孤独な青年のターニングポイントになったのが、このころに起きた第1次世界大戦です。はじめ兵役を逃れたヒトラーでしたが、伝令兵として参戦しました。

この時初めて「チームで働く」ことを経験することになります。どこに居ても自分を認めてくれる存在がいなかった彼にとって、軍隊が初めての居場所となったのです。

今まで認められてこなかった怒りも原動力となり、もう本人なりにめちゃくちゃに頑張った。でも、結果はドイツの敗戦。敗戦国となったドイツは、ヴェルサイユ条約で凄まじい賠償金を課せられます。ヒトラーはその不条理に怒ります。

ドイツへの多額の賠償金がヒトラーを生んだ

賠償金も、条約も、それを受け入れた当時のドイツ政府そのものも許すことなどできませんでした。

第1次大戦後のドイツは悲惨でした。失業者が大量にあふれかえり、追い討ちをかけるように起きた世界恐慌、生産の拠りどころとなるドイツ屈指の工業地帯「ルール工業地帯」も占拠され、ハイパーインフレが起こります。パン1切れが1兆マルクになっていたほどのハイパーインフレは、それまで国民が貯めてきた貯金も年金も紙くずと化しました。収入も貯蓄も失い、自殺者が続出する状況でした。

その時代、怒りは才能になった

こんなドイツで、ヒトラーはある能力を開花させます。演説の能力です。彼は演説の天才でしたが、その特徴は現状の不条理さを説き、その不条理の原因となった敵を設定して、とにかく民衆の怒りを煽ることでした。

第1次世界大戦終結後、指導者として軍隊に残ったヒトラーは、兵隊たちにナショナリズムを叩き込みました。世界大戦中に生まれた若者の現状は希望がなく悲惨でした。3割は栄養失調で亡くなる大戦下に生まれてようやく終結したら国家の支払い能力をはるかに上回る賠償金だけが残り、親は死んでいて仕事はなく貯金も消え失せている。

そんな人々に対してヒトラーは、「我々は優れた民族なのだ!」「悪いのはすべてあいつらなんだ!」「ヴェルサイユ条約なんて無視してしまえ!」と怒りを代弁して誰よりもキレるのです。

聴衆はみな、ヒトラーの演説によって希望を取り戻しました。自身の怒りを原動力にして、民衆の怒りを煽りながら、絶望を希望に変えました。

演説の特徴は常に善と悪の2項対立でとらえていること。こいつらを倒さねば世界は良くならない、今ある不条理の原因はすべてあいつらなんだ、と世の不条理と民衆の怒りを代弁するかのように演説するのです。

自身の怒りを学問と論理で正当化

ポイントは、ヒトラーは、国民の怒りを利用しているのではないところ。本当に思ったことを言っているし、ヒトラー自身が誰よりも怒っている。

彼の特徴は、私利私欲のなさなんです。自分の信じる正義を実現するために怒り、その後のホロコーストも義務感から大量殺人をしていった節があります。

彼の持つ強烈な思想も、当時の優生思想やナショナリズムを統合したようなものでした。思想の根幹は軍隊でナショナリズムの講師をしていたときの周りの講師の思想を吸収したものだと言われています。優生学に基づき、アーリア人を神格化し、ユダヤ民族やスラブ民族を劣った民族と位置付けました。

また、いまは多くの批判にさらされている思想ですが、進んだ社会と進んでいない社会があるという「社会ダーウィニズム」と呼ばれる思想で優生思想をアカデミックに正当化していきます。自身の怒りにまかせた意見を、論理的かつ学術的にたくみに補強していったんですね。

稀代のインフルエンサーの誕生

ナチス・ドイツへ入党したはじまりは、ナチスの前身であるドイツ労働党にスカウトされ、演説をして支持者や寄付を募るスピーカーの仕事でした。持ち前の天才的な演説力で圧倒的に成果を上げていきます。

現代でいえば非常に人気のあるインフルエンサーとしてフォロワーをどんどん集め始めたという感じですね。カネもヒトもヒトラーが集めているわけですから、ドイツ労働者党におけるヒトラーの立場は非常に強いものとなっていきました。

その後ドイツ政府へのクーデターを起こして投獄されますが、それまでバラバラになっていた勢力をまとめあげたのち、今度はメディアを使ったプロパガンダ戦略を用いて自らの主張を民衆に浸透させていきます。結果的に、クーデターではなく民主的な手続きを経ての独裁政権が誕生することとなるのです。

影響力を持ちすぎた1人の暴走が2度目の大戦を誘発

すべての権力を持つフューラー(総統)になったヒトラーは、自決権を主張し、強いドイツをつくることへ突き進んでいきます。第2次世界大戦ではソ連の植民地化を目指しポーランドへ侵攻、英仏に対しても攻め込み、パリを陥落させています。

さらに、パリを落としてなお進軍を止めることなく、次はイギリスを目指します。イギリスを攻めあぐねるとソ連方面へ打って出て、その過程でホロコースト(国家的な大量虐殺)を行っていくわけです。

「ユダヤ人をヨーロッパから追放する」とうたうホロコーストの動機は、優生学思想でした。最終的に600万人以上のユダヤ人が虐殺されたと言われていますが、ヒトラーは国家のため、ドイツ民族のためを切実に考え、優生思想に基づいて、彼にとっての正義の心を持ってユダヤ人追放を目指し、ホロコーストを容認したのだと思います。

第二次世界大戦後半の戦局では、どんどん破滅的な選択を続けるようになります。怒りをあおって敵を設定して同じ方向を向かせる才能と、メディアを利用したプロパガンダは天才的でしたが、戦場での戦略や戦術ではどんどんボロが出ていきます。

形勢が不利な方向に傾いてからの意思決定は、すべてが後手後手に回ります。そして迎えた最後には、自身も自殺。ベルリン陥落を目前に愛人とともに地下室で自殺をしています。

「倫理観暴走タイプ」は破滅しがち

ヒトラーと前回お話したロベスピエール、2人の共通点は、私利私欲では一切動いていない点です。リーダーになっても質素倹約な生活を送り続け、自分の正義感に準じて強い意志を持って生きていました。

自分自身の正義感・倫理観に従って動くことそのものは悪いことではありません。ですが正義感や倫理観を二元論的にとらえて、敵を設定し、その敵に対する怒り”だけ”で動いてしまうと、冷静な判断ができなくなります。その結果として、最期はすさまじい帰結で人生の幕を閉じているところも彼らに共通している点です。

ロベスピエールやヒトラーの例は極端すぎますが、私たちも日常生活で「○○すべきだ!」という怒りは感じて当然だと思います。感じた感情を否定する必要はないし、正義感も倫理観も当然悪いことではありません。

でも怒りのみブーストして、しかも下手にそれを論理で武装してしまうと、正義感が暴走したときにストップすることができません。強い対立構造もつくってしまいます。

ロベスピエールやヒトラーのような国家レベルの話だと考え方違うのかも知れませんが、日常の人間関係レベルであれば、怒りの感情を正当化しようとして論理武装する前に、その気持ちを伝え、互いに共感し合うことが大切だと思います。


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* アンガーマネジメント編ラストとなる来週は、史実から現代に通じるフカイ流「アンガーマネジメントまとめ」です。

(おわり)
編集・構成協力/コルクラボギルド(大西なお、イラスト・いずいず

株式会社COTEN 代表取締役。人文学・歴史が好き。複数社のベンチャー・スタートアップの経営補佐をしながら、3,500年分の世界史情報を好きな形で取り出せるデータベースを設計中。