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タイ|バンコクのドブ川スラムに一泊

27歳にして初めて海外へいく目的ができた僕は、フーテンミュージシャンのマオくんと共に日本を出国。インドのガンガーを目指し、まずはタイのバンコクに降り立った。

当初の予定では一泊したのちにインドへ出発だったのだが、インド行きの飛行機に乗るためにはインド外へ出国するためのフライトチケットが必要で、もう少し滞在したい気持ちがあったことと、予定を立てるのが苦手な僕は考える時間としてタイ滞在を延長。

タイ人は野良猫のようにのびのびしていて、優しくて、可愛げがある。首都であるバンコクでも少し通りの奥に進むと、とてものんびりした空気が流れていて、散歩が気持ちいい。

ドブ川に架かる石造の小さな橋の上

中でも好きな場所がここだった。小さなゴミとゆっくり流れる濁った水にも大きな魚が時折跳ねる。起床時の自分が吐き出すドブみたいな口臭を嗅ぎ慣れているため、ドブの匂いはそこまで気にならない。同じ場所にながい時間じっとすることが苦手だが、ここでは日が暮れるまで、楽しみの時間として捉えることができる場所だった。

どこか目的地に向かうまでの徒歩移動は極力川の横の小さな道を歩くようにしていた。目に映る風景がひときわ良く見えること、水辺での一服が美味しいこと、川と人間が共存していることを見るのが楽しいこと。小さな喜びががたくさんある。そして、人々もよりローカルになり、住民たちしかすれ違わない。もの珍しくみてくる人もいれば、笑顔を振りまいてくる人もいる。小学生低学年くらいの女の子が原付を3人乗りして移動していたり、屋根はないけど、家具が置いてあったり。

日本で車を所有している僕は歩くのを遠ざけて、歩くこと自体を嫌悪していた。そんな自分が散歩を楽しめるようになれたことは海外旅に行って変わったことであると感じる。

タイにだらだらと滞在して4日が過ぎた。今夜インドへ向かって飛び立とうとまたあの川の道を通って空港に向かっていたところ、陽気なおっさん達に出会う。彼はアレクと名乗った。タイ語とジェスチャーで、少し休んでいきなと歓迎され、すぐに荷物を置いて腰をおろした。瞬く間にチャーンビールが出てくる。手のひらいっぱいのマリファナも出てくる。大量のマリファナは大きな包丁を使い、まな板の上で砕かれる。日本では考えられないことだが、タイは医療用大麻をはじめとし、法で罰されることもなく至る所で飲み物と同じ感覚で売っている。

ピースしているのがここの家主であるアレク

ここは溜まり場のような場所で、好きな時に来て、好きなことをして、好きな時に帰る自由の空間だよと言う。そして、大体が血が繋がっている親族で「デセフゾーンファミリー」と呼ぶと教えてくれた。

ここにいる人たちの7割はタイ語しか話さず、英語が通じない。といって通じたとしても、僕の英語力は中学一年生レベルもわからない位なため、どちらにせよ通じない。そのため、翻訳アプリを使ってコミュニケーションをとる手段を主に使用した。

1時間ほど酒を飲みながら画面を通しての会話に夢中になる。ダンという青年は「僕たちは笑うのが大好きです」と言っていたり「ここはスラムで観光客なんて通ることもないし、このように外国人が遊びに来たことも初めてだよ」と教えてくれたりした。ここはスラムなんだと感じる。そして「出会えて本当に嬉しいよ、ありがとう」と彼は言った。どんどん酔いが回ってきている僕は嬉しくて泣きそうになる。アレクが新しいビールをまだ飲み干していないのに次々と持ってくるからである。しまいにはまだ一本空けてないストックのビールがあるのにも関わらず持ってくるようになった。

とにかく大歓迎されていた。

アレクの息子

アレクにここに今日泊まりたいことを話すと、妻であるマダムトイと一緒に部屋へ案内してくれ、タイの滞在延長が決まった。

寝床を用意してくれているマダムトイ 横に座るのはムアイ

マダムトイはここデセフゾーンファミリーの母で、基本的に怒っているような、勇ましい女性である。客人である僕らにはコロッと変わるように優しくなる。「飯は?風呂は?まぁ自分の好きにやって、何も問題ないよ」と寛大で安心感に溢れているのだ。僕は彼女がとても好きだった。

その前からすでに平和ボケな僕は、この空間に安心し切っており荷物をずっと外に置きっぱなしにしていた。それに対してマダムトイは、「何をやっているの、なぜ家にいれない?しっかり管理しないと危ないよ。ここは他人も通るからね。ちゃんとものが入っているか中身を確認しなさい」と家族に怒っている時と同じ顔をして真剣に叱ってくれた。

結った白髪が美しいマダムトイ

夕食どきになると、どんどん人が帰ってきて、正月の家族団欒みたいな雰囲気になる。

川の上に建てられた櫓で食事と作業をしている。
喫煙した後、痰を吐き出すためのペットボトルをトートュイと彼らは呼ぶ

女性が帰ってくると男性はここの空間で飲酒や喫煙を楽しむという。カイジの地下賭博を行われる場所みたいで、面白い。ここでも翻訳を使ってたくさんの話をした。

アレクは日が沈んだ頃にはベロベロであった。タイ語で酔っていることを「マオ」と言うらしい。それからは彼との会話はお互いに自分の頭を指差し「マオマオ」と言い合うだけというシンプルなものになり、それのみで会話が成立するようになった。髪をちょんまげに縛ってあげると彼はサムライ、サムライと喜んだ。

彼は薬物中毒で、夜になると意識が朦朧とし、ゾンビのように動かなくなる。喋りかけても反応すらしない。
とても清潔感のある寝具

深夜1時ごろに就寝するため用意してくれた部屋に戻った。隣のベッドではムアイと子供たち二人が寝ている。

ムアイが用意してくれたバスタオルはありえないぐらい良い匂いがした。清潔感にあふれた家庭的な匂いとほど良い柔軟剤の香り。人工的な匂いはあまり好きではない僕が感激したバスタオルであった。この匂いの良さを後々共有しようとマオくんに話したのだが、バスタオルがあることを知らず、シャツで体を拭いたとのことだった。非常に惜しい。

一度も起きることなく、僕らはぐっすりと眠った。翌朝、目を覚ましたのは10時頃。アレクがセブンイレブンに行こうと何度も起こしに来た。タイには日本と同じように至る所にセブンイレブンがあり、彼の原付にマオくんとまたがり朝食を買いに行った。彼らは朝から飲酒や喫煙を楽しんでいる。そして会話にみな夢中で騒がしい。ムアイにぐっすり眠れたこと、感謝の気持ちを前日の夜中に学んだタイ語を含んで伝えたら喜んだ。

ペックとシャツを交換したマオくん

正午過ぎ、マオくんはウイスキーを飲み始めていた。僕は絵を描いた。

居心地が良かったのでこのままもう一泊しても良いと考えてたが、夕方になり、マオくんがそろそろ行くかと言った。早速タイの沈没を経験してしまうところだった。

約1日間、一緒に生活するだけで情が移る。皆に感謝の気持ちを一人一人に伝えたいのだが、伝えるだけで泣いてしまいそうになるため言いづらい。表情で相手がどのように考えているかわかるからである。

案の定伝えると皆、寂しそうな顔をする。2年以内にはまた来るよと伝えてもすぐには会えないんだねとまた寂しそうな顔をする。その度にやはり泣きそうになってしまうのを堪える。堪えることで頭がいっぱいになる。

ムアイにもそろそろ行くよと伝えたら、演技なのかと思うぐらいな表情でいきなり顔がくしゃくしゃになった。そのまま顔を見せずにハグをし、涙を流しながら「You're my son,my son,」と彼女は言った。流石にこの言葉には耐えきれず、涙を堪えることに失敗する。

ムアイ親子と昨夜のちょんまげが気に入ったアレク

海外旅の5目でこのような体験をしてしまった僕は、海外旅の虜になってしまう。帰国後はタイロス、この後に行くことになるインドのロスに悩まされることになるのである。


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