愉快ジン#27

2024年になった。
朝起きて外を見回すとしっかりと雪が積もっている。憂鬱な気持ちを「新年初〇〇」という言葉に置き換える。だからこれは「新年初雪かき」である。なんでもかんでも「新年初」を付ければとにかく前向きな気持ちになる。こうして脳みそを騙し騙し気持ち良くさせる。そんな時ふっと後ろから近づいてきた人に声をかけられた。「明けましておめでとうございます」普段は敏感なセンサーを停止させて雪かきに精を出していた僕は突如やってきた人影と声に少し動揺気味であった。後ろを振り向くと、あれ。知らない人である。正確にはたまに自宅前の道を歩いている40〜50歳くらいの小柄な男性である。いつもどこか早足で黒い服をきている印象が強い。しかし素性がわからない。おそらくこの辺りに住んでいる人なのだろうが、あまり近所の人のことはわからない。とにかくこちらも「明けましておめでとうございます」と声をかける。すると一瞬早足が遅くなり会釈をされると、またギアを変えたかのように早足でその場を去っていった。まあまあの積雪にも関わらず足が埋まってもお構いなしのスピードである。黒いスニーカーが雪に埋もれている。そんな後ろ姿をじとーっと見ながら再び雪かきを再開する。改めて毎日の「雪かき」は都会人と比べてもハンデが大きすぎる。こんなんじゃ年末に気を引き締めたのにまた遅刻してしまいそうだ。ああ、雪に対しての文句は腐るほどある。これを言葉にしてしまわないようにしっかり蓋をしておこう。こうして色々なことを頭の中で考えながらも気づいた時には夢中になって雪かきをしている自分がいる。ほら、ここら一帯の雪がいつのまにか無い。僕もあまり記憶がない。
すると、また背後から「明けましてありがとうございます」の声が聞こえてくる。振り向くと、これまた近所に住んでいるウエダさんだ。会ったら会釈するぐらいの間柄なのでこれまた顔馴染みというよりは顔見知りぐらいだろうか。40代くらいの髪色が少し金色寄りの茶色。赤い服と身に纏う。口の横にあるほくろが印象的であるが、最近はマスクをしていてわからない。普段の表情はどこか男勝りな雰囲気があり、あまり感情を出さないポーカーフェイス寄りである。そのため初見では人を近づけさせない威圧感が顔面の強さから何となく漂っている。しかし、意外と物腰が柔らかい声である。そして優しい笑みで目尻にシワができた。普段から笑ってたらイメージと違うのに、絶対損してるだろうなって思いながら、これも言葉にしないように蓋をしておく。僕もいつもはちょっと引いた会釈をしているが、この日は「明けましておめでとうございます」としっかり挨拶をした。すると、ウエダさんはもう一度会釈をして30mほど離れて自宅に消えていった。
そしてまた雪かきを戻る。全部とは言わないが半分以上の範囲が綺麗になった。この辺で終わろうかなと気持ちを落ち着かせた。すると、屋根の上から雪がドボドボ落ちてきた。安堵の一息がため息に変わる。訳もなく空を見上げる。すると、いつの間にか晴れ渡っていた空が鉛色に変わっている。そして息つく暇もなく淡々と雪が降り始めた。
新しい年を迎えると「明けましておめでとうございます」の一言がコミュニケーションのきっかけになる。その言葉はまるでマスターキーのように人と人の心を開いていく。それにしても「明けましておめでとうございます」って年明けて何日間有効なのかな。毎日「明けましておめでとうございます」で挨拶すればいいのに。なんてくだらないことを考えながら家に入ろうとする。すると、どこからかやってきた白い猫が玄関前のマットの上で休んでいる。まるで家に入れてくれない番犬ならぬ番猫である。
わかりました。
もう少し雪かき頑張ります。
渋々雪かきを再開する。
とにかくお手柔らかに。
雪にも「明けましておめでとうございます」と言っておこう。

この記事が参加している募集

私のコレクション

with 國學院大學

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?