見出し画像

ポーカーフェイスの彼女と、陽気なぼく

「お仕事終わりやと思うねんけど、電話してもいいかな?」


ワクワクする気持ちを押さえるようにして、LINEを送ってみた。待ちきれず、その勢いのまま電話を掛ける。

プルルッ、ガチャ

「もしもし?」
『…もしもし』

これはいつものことなんだけれど、びっくりするくらい、彼女は早く電話にでる。

いつだったか『電話って、なんか苦手なんだよね。心の準備してからじゃないとうまく話せない』と言っていたのを思い出した。

だから、ぼくからの電話に早く出てくれるのは、なんだかうれしい。

ただ、ほんのすこしだけ欲を言うと、5コールくらいで出てくれてもいいのになぁと思う。あまりに早いと、ぼくだって準備できていないのだ。ドキドキが収まらないうちに、会話が始まってしまうのだ。


「いま電話大丈夫?」
『あー、うん。どうしたの?』


「はぁ~!話すの久しぶりだねぇ~」
『うん、そうだね。今日もおつかれさま。』

お仕事で疲れている彼女のために、明るく話すようにしている。気を遣うとかそんなんじゃなくて。

ぼくが笑えば、彼女も笑うかなぁ、なんて。デートの時に、彼女の笑顔につられてぼくも笑ってしまうように、ぼくも、彼女の笑顔の理由でありたいのだ。


そんなふうなことを考えていると、電話越しに彼女が笑っているのが聞こえた。

ぼくの話がおもしろかったのだろうか。いや、それはないだろうな。ぼくの話に『うんうん』と言いながら笑ってくれるのは、いつも彼女だけだから。

そのかわいらしい笑い声は、実際に会って、となりで話すときのそれと変わらない。
違うのは、表情が見えないということだけ。

彼女は自分のことを『ポーカーフェイスだ』と言う。はたから見ればそうなのかもしれない。

でも、それは、本来の意味である【無表情】とは違う。彼女は、たしかにポーカーフェイスではあるんだけれども、顔に出さないだけで、心で多くのことを考えているのだ。心がきれいな人。ぼくの好きなところ。

陽気なぼくとポーカーフェイスの彼女のことを、彼女自身は、どこからどう見たってつりあわない。と思っているらしい。どうやら、友達もみんなそう思っているらしい。ぼくは、そんな気がしないのだけれど。

電話では、無口な彼女にも話してもらえるように、ペースを合わせるようにしている。気を遣うとかそんなんじゃなくて。

だけれども、今日はすこし疲れてしまっているようだ。相づちがない。お仕事、大変なのかなぁ。

いまは家にいるらしい。できれば早く寝て疲れをとってほしくて、それを伝えたくて


「ね~聞いてる?」と言ってみた。

すると、『ごめんごめん』と返ってきた。すこしだけ、考え事をしていたみたいだ。

ぼくの好きなこの声を、もうすこしだけ聞いていたくて「それでね!あのね!」といろんな話をした。

相変わらず、ぼくの話に笑ってくれる。




電話では、とくに大事な話をするわけではないのだけれど、そのやさしい声を聞きたくて、ぼくらは週に1度ほど電話をしている。

気を付けていることは、しいて言えば、一文字一文字を聞き逃さないようにするくらい。

普段は、会える方が少ないのだ。片道7時間の、遠距離なのだ。

だから、とくに何かたいせつな話をするわけではないのだけれど、その時間がぼくにとって心地いい時間になるのである。

そろそろ疲れて寝る頃かな?と、時間を見てみる。いつの間に日付をまたいだのだろう。

「それじゃあ、来週またお仕事終わったときに電話するね。いい夢見てね。おやすみ~」

と言って電話を終える。しばらくの余韻が、また心地いい。


すこし前は七夕だった。彼女の願いが、いつかどこかで叶えばいいなぁと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?