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進化論のハードコア 自然選択説【進化論】


ダーウィン流進化論については「これらの要素を失ったならばもはや進化論とは呼べない」というハードコアが二つ存在します。それは生命の樹説(共通先祖説)と、自然選択説(自然淘汰説)です。

本記事では後者の自然選択説について骨格部分をしっかり解説します。自然選択はどのようにして見事な進化を生み出すのでしょうか。

1 自然選択説とは?

自然選択説というのは「進化の主要なメカニズムは自然選択である」という仮説です。

① 自然選択とは

では自然選択とはどのようなものでしょう。三つの前提から三つの結論を導く主張であると整理します(伊勢田哲治:2000年、42頁)。

三つの前提とは、変異・遺伝・生存闘争です。

ある種の個体間には形質上の多様性(変異)が存在し、その変異には子に伝わるものがあります(遺伝)。そして環境において個体のすべてが生き残ることはできません(生存闘争)。

これらの前提が揃うと、最適者生存(=適者生存)・累積進化・種の分化という三つの結論が導かれます。

まず環境において有利な形質をもつものは、そうでないものよりも多く生き残り繁殖します(最適者生存)。そして有利な形質は累積することで大きな形質変化に繋がります(累積進化)。また、どんな形質が有利であるかは環境のあり方に応じて異なります。ある種がある地域において最適性をもつに至ったとしても、その地域の一部分が環境変化すれば、その一部地域での最適性を失うこともあります。しかしその一部地域にいる個体内でも変異・遺伝・生存闘争のプロセスは続いているので、最適者生存・累積進化を通じてやがては変種が生じ、変種は自ら新たな種を形成していきます(種の分化)。

自然選択について知っておきたいのは、前提も結論も経験的に確かめることができるということです。

形質の多様性が存在するか(変異)、その変異が子に伝わるか(遺伝)、生き延びるよりも多くの個体が生まれているか(生存闘争)、有利な変異が広がったか(最適者生存)、変異は累積したか(累積進化)、原種から新たな種が形成されたか(種の分化)、どれも経験的に探求できます。

最適者生存の部分は「生き残る者が生き残るというトートロジーだ」と批判されますが、実際には「ある個体がもつ遺伝的な形質と、その個体の生存・繁殖成功の期待値とに相関があるか」等が問題とされるので反証可能です。進化論とトートロジーの関係については別記事でも書きます。

ダーウィンにしても推論や思考実験だけではなく、変異や遺伝の存在に関する数多くの具体的な観察を積み重ねた上で進化論の提唱に至っています。

② 変異を供給する突然変異

種の個体間に形質上の多様性(変異)があることは自然選択仮説の前提でした。この多様性は突然変異によって供給されます。

突然変異は、その生物にとって有利とは限らないという意味でランダムに生じる現象です。脚が長くないと生き残れない状況においても、脚を短くする変異は生じます。今のツノの大きさこそが繁殖において最も有利でも、ツノを短く・長くする変異も容赦なく生じてきます。

しかし突然変異がランダムに生じたとしても、自然選択によって有意な変異こそが大きく広がっていくのでした。対して不利な変異に襲われた個体は淘汰されてしまいます。

つまり突然変異はランダムに発生するけれども、自然選択の結果は生存環境に適した非ランダムなものとなるのです(ソーバー:2009年、76頁)。

③ 遺伝子変異のごく一部が自然選択の基礎になる

遺伝子の突然変異自体はしばしば生じるものですが、そのすべてが自然選択に繋がるわけではありません。むしろ突然変異のほとんどは中立で、生物の形質には何の変化も引き起こしません。わずかに生じる少数の非中立的変異が自然選択の対象となり、進化の原動力となります(ドーキンス:2016年、240-241頁)。

そう。わずかな数の遺伝子変異でも自然選択のプロセスによって大きな形質変化へとつながっていくことがあるのです。

例えば昆虫の翅。翅は何百もの遺伝子と何百もの環境因子に支えられて存在していますが、その中のある特定の遺伝子が変異することによって、翅の色がより黒くなるということがありえます。そこに黒色の翅であるほど生存・繁殖上有利な環境があったならばどうでしょう。自然選択のはじまりです。この場合、翅を形成する何百もの遺伝子については関係なく、翅をより黒くするきっかけとなった遺伝子変異のみが自然選択の基礎となるのです(ドーキンス:1987年、183頁)。

④ 進化はゆっくり進む

たった一つの遺伝子変異によっていきなり大きな形質変化が起きることは通常ありません。よって、有利な変異の累積による進化(累積進化)はゆっくりと進みます。

翅がより黒くなった個体が多くの子孫を残し、より黒い翅の個体からなる集団が形成されたとしても、翅がそこからさらに黒くなるかは、これまたランダムに生じる突然変異に頼るほかないからです。ただし、多くの世代を経て相当な数の個体が生まれてくるとなれば、さらに翅を黒くする突然変異が生じる確率は高まります。こうして変異が累積することにより進化が生じるのです。

とはいえ、身体の色ならともかく、昆虫の見事な擬態のような複雑な代物が累積進化によって都合よく形成されるものでしょうか。

しかし、これも僅かな変異の積み重ねによって説明できます。

というのも、ほんのわずかに枝に似ているだけでも外敵に襲われる確率は低下するからです。外敵に襲われる状況には実にさまざまなものがあります。捕食者が集中を乱していたとき、周囲の視認性が悪かったとき、被食者までの距離が開いていたときなどには、ほんの少し枝に似ていることによって命を拾う個体がでてくるでしょう。ないよりはマシという程度の変異でも、長い時間をかけて累積します。結果、ナナフシのように枝そっくりの生物が誕生するのです(ドーキンス:2004年、146-147頁)。

それでは人間の眼や肺など、さらにずっと複雑な器官はどうか。これまた不完全な眼、不完全な肺でも、環境によってはないよりもずっとマシです。ゆえに累積進化によって生じたと考えることができるかもしれません。実際にドーキンスは、眼、耳、肺、ヘビの顎、毒針、カッコウの托卵習性など、きわめて広範にわたる進化について、自然選択で十分に説明できると考えているようです(ドーキンス:2004年、4章全体)。

ただし後にみるように、自然選択説に立ったとしても、ある形質や形質の寄り集まりとしての器官が自然選択のみに基づいて形成されたと決めつける必要はありません。自然選択説は、自然選択以外の進化プロセスや、進化プロセス間の複雑な相互作用の存在を否定しないからです。

⑤ 急速な進化が起きる場合も

進化はゆっくりと進むために「進化は漸進的である」と言われます。確かに漸進的であるのが一般的なのですが、例外もあります(ドーキンス:2016年、235-237頁)。

例外の一つが大規模突然変異(macro-mutation)です。これは一つの遺伝子変異が大きな変化をもたらすことを指します。文字通りの意味でトンビが鷹を生んだとしたら、大規模突然変異が起きたと考えられます。これは理論上はありうるものの、こうした変異によって生じた生物の子孫が現在でも生き残っているとは考え難いようです。

他にも急激漸進進化(rapidgradualism)があります。これは 短期間に驚異的なスピードで進化が生じることであり、実際に存在が確認されています。

ただし、これら例外の存在は自然選択説を覆すようなものではありません。

2 自然選択以外の進化プロセス

① 非適応進化も存在する

自然選択によって生じるような、個体の生存率や繁殖率を向上させる進化を適応進化と呼びます。しかし進化のすべてが適応進化ではありません。

例えば人間には尻尾の痕跡である尾椎があります。三本だったり六本だったり数には個人差がありますが、この骨は何の役にも立っていません。これがなくなったり、一本、五本になったりしても生存・繁殖において困る者はいないのです。

その他、生物の目立たないところの色の変化が変化したり、目立ちさえすれば役割を果たせる斑点が円形から四角形に変化したりする場合、変化の前後で生き残り易さは同じかもしれません。

このような、個体を有利にも不利にもしない進化のことを非適応進化と呼びます(河田雅圭:1990年、45-46頁)。

② 自然選択以外の進化プロセス

とはいえ非適応進化の存在は自然選択説を反証するものではありません。というのも自然選択説が主張しているのは「進化の主要なメカニズムは自然選択である」ということであって、主要ではないメカニズムとしては自然選択以外の要因も認めているからです(ソーバー:2009年、39頁以下)。

〈自然選択説も認める進化のプロセス〉
● 遺伝子の「頻度変化」を通じた進化
 ・自然選択
 ・交配システム
 ・突然変異
 ・移住
 ・ランダムな遺伝的浮動
● 遺伝子の「組み換え」を通じた進化

これらそれぞれの進化原因は、必ずしも単独で生じるわけではなく、複数の原因が進化に対して同時に寄与することもあります。

脊椎動物の眼のように、多くの形質が寄せ集まった複雑な構造物については、自然選択を含めたさまざまな進化プロセスが複雑に絡み合った結果としてできた可能性も十分にあります。すべてを自然選択単独で説明できないとしても、自然選択説にとって困ったことにはならないのです。

3 自然選択の整理について補足

自然選択の整理の仕方にはいろいろあるようです。本記事では自然選択の前提条件を「変異・遺伝・生存闘争」としていますが、「変異・遺伝・適応度の差」としているものもみうけられます。私としては適応度の差を生み出す原因となっている生存闘争の方に着目した方がわかりやすいかなぁと考えました。

私が読んだ資料のうち「変異・遺伝・生存闘争」と整理していたのが、伊勢田哲治:2000年、42頁。三つの前提から三つの結論を導くという整理は伊勢田氏のものを参考にしました。長谷川寿一・長谷川眞理子:2000年、25-26頁も同じような整理をしています。

他方「変異・遺伝・適応度の差」として整理しているのが、ダニエル・C・デネット:2000年、454頁とエリオット・ソーバー:2009年、22頁です。


〈参考文献〉 
・伊勢田哲治『疑似科学と科学の哲学』名古屋大学出版会 2003年
・河田雅圭『はじめての進化論』講談社 1990年
・長谷川寿一・長谷川眞理子『進化と人間行動』東京大学出版会 2000年
・エリオット・ソーバー著 松本俊吉、網谷祐一、森元良太訳『進化論の射程』春秋社 2009年
・ダニエル・C・デネット著 石川幹人、大崎博、久保田俊彦、斎藤孝訳『ダーウィンの危険な思想』青土社 2001年
・リチャード・ドーキンス 日高敏隆、遠藤彰、遠藤知二訳『延長された表現型』紀伊国屋書店 1987年
・リチャード・ドーキンス著 中嶋康裕、遠藤彰、遠藤知二、疋田努訳『盲目の時計職人』早川書房 2004年
・リチャード・ドーキンス 吉成真由美『進化とは何か』早川書房 2016年


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