22回:護得久栄昇は何を模擬したのか?

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 2017年、沖縄で最もブレイクした芸人は誰かと問われたら、護得久栄昇の名前が真っ先に挙げられる。護得久栄昇とは架空の大御所民謡歌手を模擬したキャラクターである。架空であるにも関わらず既にウィキペディアまで出来ており、所属事務所FECにももちろん該当ページが存在する。またプロフィールにある通り、昨年だけでテレビCM5社、酒造所のイメージキャラクターにまで採用されており、アルバムも本当にリリースした。現実が余興のノリを増幅させ、実社会にまで影響を及ぼしていったケースである。極めて小さな規模の実社会ではあるが。

 そもそも護得久栄昇はハンサムというコンビのコントに出てくる大御所民謡歌手のキャラクターであった。大御所民謡歌手が様々なトラブルに見舞われ、それを「民謡歌手あるある」などを交えて切り替えしていくネタはテレビや余興でも好意的に受け取られていた。この慇懃無礼な大御所設定がラジオの企画などを通して実際の芸人間のヒエラルキーをパロディ化していく方向に展開していった。
 例えば民謡界の本物の大御所である前川守賢や知名定男を後輩扱いする画像がtwitterなどを通して定期的に発信された。そうして1年掛けて護得久栄昇は沖縄芸能界最長の大御所という設定を手に入れることになる。

 ここで一つの疑問が生じる。この慇懃無礼な大御所は何を模擬した存在なのであろうか?例えば前川守賢や知名定男、或いは民謡界の大御所として未だに挙げられる故・登川誠仁、嘉手苅林昌の両氏やさらにその師匠格である幸地亀千代など、その誰しもが飄々とした名人というような風格をもっている。思うに護得久栄昇が模しているのはその域まで到らなかった芸人である。しかしタテ社会の根強いとされる沖縄の芸能界で年長者故に周りに気を遣われ、担がれ、肩書だけは増えていくような哀しい芸人である。実際にそのような芸人がいるのかどうかも定かではないが、少なくとも私たちに「民謡歌手っぽい」と思わせたその言動は今後も検証する必要がある。

※私が好きな護得久栄昇の設定に「喜納昌吉アレルギー」というのがある。沖縄内における喜納昌吉の扱いや民謡界での距離を表す絶妙な設定だと思った。そしてこういうディテールの積み重ねがリアリティを生み出す。

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