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ゴールキーパーとしてJ下部に行けた自分


初投稿です!
自分自身がなぜJユース行けたのかを自己分析して当時の練習法などを綴っていきたいと思います!

幼少期
7つ上の兄と3つ上の姉がいますが一緒に遊んだ記憶はほとんどありません。
兄は野球をしており僕自身野球をするものだと思ってました…

また、運動神経は幼い頃からよかったですが特別何かに特化した能力はありませんでした。
また、身長も人よりたかかったのはキーパーとしてはアドバンテージだったかもです…
※現在は184センチ

サッカーと出会ったのは小学1年生
学校の帰り道にサッカーをしている人たちを見てなんとなくやりたいと思ったのがキッカケです!
親にお願いして友達と一緒に近所の週1回の試合もないチームに入りました!
ですが、全く楽しくなく3年生までは行っても月1回程度…
それでも学校の昼休みなどは毎日キックベースをしてました!
※ここ重要!

サッカーを本気でやり始めたのは小学3年生!
別のチームに入ってる友達が誘ってくれたのをきっかけに地元の少年団に入りました!

そこからいろんなポジションをしたり遊びの延長で上級生と一緒に公園でサッカーしたり、上手くなりたいじゃなくて楽しければ良い!
強くボールが蹴れたら良いしか思ってなかった気がします…

そこから同級生が何人か入り勝手にお互いがライバルとして意識するようになっていきました。

A君がリフティング50回できたと聞いたら近所の公園で黙々とその記録を越したり
夏休みのサッカーがない日はラジオ体操後そのままその公園で一人でボールを蹴って気付けば夕方になっていたり…

ですが、その頃はまだまだ上手くなりたいじゃなくて同級生に負けたくないとしか思っていません。

僕が4年生になったころ2つ上の6年生のキーパーがトレセンに選ばれました。
チーム自体は弱小だった為、地域のトレセンに選ばれた6年生のキーパーがものすごくかっこよく見えたのを覚えています。

当時から頭ひとつ大きかった僕はコーチからこんなことを言われます。
「キーパーしてみない?県トレセンまでは余裕でいけるぞ!」

おそらくその年代にキーパーをする子がいなかった事、背が高かったことが引き金です。

でも県の代表になれるなら!と思い
「まかせろ!」
と生意気に言いました。

そこからキーパーとしてサッカー人生を歩むかと思いきや、図書室でみたロベルトカルロスの本に感銘を受け、サイドバックをやりたくなりました。

5年生は背番号6の大型サイドバックとして公式戦にでていました。笑
5年生の夏、チームがあまりにも弱く負けず嫌いな僕は、コーチにこんな事を言いました。
「やっぱり負けたくないから俺キーパーするわ」
生意気ですよね…

そこからキーパーとして試合に出るようになります。

キーパーとして歩み始めた経緯はこんな感じです。次回はそこからどうやって上達していったのかを書いていきます!
もしかしたら今の子供たちにも役に立つかも!

練習法や試合時の考え方、保護者の在り方などを綴っていきまーす!

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