見出し画像

脱北外交官は語る (後)

前回の記事では、北朝鮮による日本人拉致の問題を動かすうえでは北朝鮮国内で起きている「普遍性の」人権侵害にも日本政府は積極的に関与すべきだ、という北朝鮮の元外交官・太永浩(テ・ヨンホ)さんの指摘を紹介しました。

今回は日朝両国の政府間交渉における、極めて重要ながら日本側はおそらく見落としてきたポイントについてです。


「交渉頓挫は北朝鮮内で深刻な人権蹂躙をもたらす」

結論から言いましょう。
太永浩さんが強調したのは、北朝鮮という独裁国家において官僚が最高指導者に政策を提案するときは命がけなのだということです。
とりわけ最高指導者自身に何かの動きを要請する場合は、そうです。

2002年、初めての日朝首脳会談を推し進めたとき、太永浩さんが所属していた北朝鮮外務省は強く反対したそうです。というのは、小泉首相と会談する以上は金正日総書記が拉致を認めるほかなく、世界中から非難されるのは目に見えていました。そして、その非難の矢面に立たされるのは自分たち外交官だ、というわけです。

一方、日朝首脳会談を開催して拉致を認めることを金正日総書記に進言したのは、情報機関の国家保衛部でした。
太永浩さん曰く「保衛部の連中は『拉致を認めれば日本政府から100億ドルが支払われる』と熱心に説明し、金正日を謝罪させた」とのこと。

しかし、独裁国家では普通の国では重要となる「世論」が理解できなかったようで、「横田めぐみさんら8人死亡」の報せに日本の世論が激しく憤り、国交正常化に伴う100億ドル(?)の経済支援どころの話ではなくなりました。

北朝鮮側からみたら、期待していた資金が入ってこなかった。その結果、何がおきたか。
保衛部は金正日氏から「話が違うではないか!」と大粛清をくらい、多くの者が処刑されたり地方(おそらく収容所)に送られたりしたそうです。

ちなみに、太永浩さんはじめ外交官たちは、案の定、拉致に対する世界からの非難の矢面に立たされ、対応が大変だったととのこと。

金正恩総書記の代でも、米トランプ大統領との会談がハノイで決裂したとき、同じような事態が起きたそうです。ただし、今度は外務省が粛清の憂き目にあいます。

ここから先は

977字
この記事のみ ¥ 200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?