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勝手に10選〜素晴らしきカバー曲 邦楽編Part.2(後編)〜

(前記)
それでは、張り切って後編へ続ける。

・明日なき世界 by RCサクセション
原曲は1965年に発表されたバリー・マクガイヤの" Eve of Destruction"であるが、当時から邦題は"明日なき世界"であり、題名はそのまま使用している。

原曲は重厚感に溢れる、いかにも60年代を彷彿させるアコースティックロックだ、

カバーでは軽やかなギターのストロークから始まり、イカしたギターリフを多用した実に気持ちが良いタイトでミニマムなロックとなり、忌野清志郎さんのメッセージ性に富んだ実にイカした歌詞、コーラスもバッチリハマっている、素晴らしいカバーなのだ。

実に聴いていて心地よいロックだ。

なんと、ゲストミュージシャンはジョニー・サンダースである。


・ゴッドファーザー愛のテーマ
 by 東京スカパラダイスオーケストラ

原曲は映画界における大名作である"ゴッドファーザー"の主題歌であり、ニーノ・ロータによる作曲である。

映画"ゴッドファーザー"はマフィア映画の金字塔であり、映画界全体においても欠かす事の出来ない大傑作だ。

そしてスカパラのカバーであるが、これが実に気持ちが良い。
思いっきりテンポアップしたスカであるが、しっかりと"ゴッドファーザー"の世界観にマッチしている。

映画"ゴッドファーザー"の冒頭のシーンは、ドン・コルリオーネの愛娘の結婚式のシーンから始まるが、まるでそのパーティーに招待されて、出し物としてスカパラを聴いている気分になれる。
元々スカパラの揃いのスーツも、音楽も実に世界観にハマっているのだ。

テンポに緩急もつけながら、映画の雰囲気を、香りを残しつつ、イカしたスカにしてしまう実に見事なカバーなのだ。


・My First Kiss by HI-STANDARD
原曲は、アニメ"キテレツ大百科"の主題歌である"はじめてのチュウ"であり、あんしんパパというニックネームにて実川俊晴さんによって作られた曲だ。

原曲は実にほんわかとした遊び心に富んだオケに、加工したボーカルが実にキュートで、素敵な歌詞が燦々と引き立つ大名曲だ。

カバーであるが、実にイカした爽快感と疾走感に溢れたパンクロックとなっている。
実にメロディラインを上手く踏襲したギターリフ、コーラスも気持ちよくキマっている。

全編英語で歌っているが、ラストの方でワンフレーズだけ"はじめてのチュウ"と歌っており、一瞬コロ助の声も聞ける、実に愉快かつ痛快なイカしたカバーなのだ。


・見上げてごらん夜の星を〜ぼくらのうた〜
 by ゆず

原曲は永六輔さん作詞、いずみたくさん作曲の坂本九さんの大名曲だ。

が、この曲は元々当時のミュージカルの劇中歌として制作された楽曲であり、それをカバーしたのが坂本九さんであり、坂本九さんのバージョンもカバーなのだ。

確かに、曲の構成として最初がサビ、ラストがサビ、そしてサビに挟まれる形で、
簡単に書くとサビ→パート→サビだけで終わりなのだ。
しかも、この挟まれるパートは、テンポも変わりセリフめいた雰囲気で曲の流れとしては、いささか不思議な感じがする。違う曲をくっつけたみたいな。

なるほど、元々がミュージカルの劇中歌であれば、こうなのかも知れない。
逆にこの不思議さが唯一無二の魅力となり今日まで歌い継がれる名曲となっているともいえよう。

そんな、ゆずによるカバーであるが、快挙である。
ゆずの北川悠仁さんがものの見事に加詩、加曲を成し遂げているのだ。
加詞の内容を端的に記すと、寂しい時、悲しい時にこんな素晴らしい歌がある事を思い出してほしい、という原曲を紹介し賛美する内容で、加曲では見事にAメロの役割を全うする。

そうすることによって、原曲におけるサビに挟まれた不思議なパートが見事にミドルエイトとして落ち着くのだ。見事に曲としての完成形となるのだ。

実に50年近くの時を経て、この曲が完成した、と言っても過言ではないだろう。
実に素晴らしいカバーであり、アップデートなのだ。

・少年時代 by 宇多田ヒカル
原曲は井上陽水さんによる大名曲だ。

井上陽水さんのバージョンはピアノ、弦楽、ホーン、ドラムを実にミニマムにお互いを高め合いながら、お互いを決して邪魔をせずにオケを見事に完成させている。

カバーである宇多田ヒカルさんのバージョンは、2つのバージョンが存在し、原曲を踏襲したオケのバージョンと、ほぼ演奏はシンプルにミニマムにストリングスのみのバージョンが存在する。

シンガーソングライターとしても、ボーカリストとしても秀逸な存在である宇多田ヒカルさんの少しハスキーで透明感があり、実に美しいボーカルが見事にこのミニマムな名曲とオケに融合して、宇多田ヒカルさんの"少年時代"を完成させているのだ。
曲に合わせてビブラートを抑えて曲に寄り添う様に歌っている、とは筆者の行き過ぎた憶測だろうか。

昭和における名男性ボーカリストと、平成における名女性ボーカリストによる大名曲のバージョン違いに、ただ身を委ねれば良いのだ。


(後記)
これは筆者の勝手な見解であるが、日本のアーティストはもっともっとカバーを演るべきだ。

但し、前記でも記した様にカラオケではダメなんだ。
そこそこの歌唱力があって、自分が歌ってみました、で人様から金を貰ってる奴等はすっとこどっこいだ。

アーティスト毎に敬意を持ちながら、新たな解釈を用いて歌い継がれる事により原曲が生き続けるのだ。


読んでくださった方々へ。
ありがとうございました。

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