#16 先輩が後輩に飯を奢る時、後輩に対する「下心」以上に、バトンを絶やさないという単なる使命感のもとで行動しているかもしれない、というはなし

 仕事柄、先輩や上司にランチに誘われたりすることがそれなりにある。職場の風習なのか、休日に出勤したりすると必ずと言っていいほど上司に「ゴチになって」いる。これはそういう風習の世界の話であり、おそらくそれが「ある/ない」という境界線の先では全然違う話になるものと思われる。ぼくは大学時代から「ある」線で生きているので、そこに両足で立ったような書き方をする旨ご了承いただきたい。

 ということで、そういう世界にもう15年近くいる関係でぼく自身は年長者から奢られることに何の違和感もないし、奢られてもお礼を言う程度で、逆に年功序列で自分より後ろに来るような間柄の人間に対しては普通に何も考えずに奢ってしまいがちである。
 話は前後するが、ぼくはもうすぐ32歳になる、職場の中でも「若手」よりかは「中堅」よりの人間になりつつある。そして職場はなぜか猛烈に若返りを始めており(ぼくらの世代がごっそり抜け……いやその話は別にしよう)、弊部署で役職なしで最年長かつ最古参がぼくになってしまった。
 そんな中で、部署で休日出勤したときのことである。いつもと同じように昼飯を食べ、上司が奢ってくれたのでぼくはいつもすみませんとテキトーに頭を下げたりした。慣れたものである。
 一方初めてであったろう、新人の女の子は恐縮してしまい、急に近くのコンビニに駆け込んだと思ったら全員分のコーヒーを買ってきていた。彼女から見たら「先輩」も巻き込んでいて、それはそれですげえコミュ力だなと思ったわけだが、彼女がなんとなく「お返ししないと」と言っていて、ぼくなんかは「うーん……」と考え込んでしまったわけだ。

 そこでいろいろ考えた末、「奢る/奢られる」ということが、もうすでに文化としてよくわかんないことになっているのかもしれん、という結論に至った。
 ぼくにとってこの行動は、「年長者がさらなる年長者からいただいてきた『奢りポイント』を後輩たちに引き継いでいく」という概念だと思っている。実際大学時代、先輩にそういう趣旨のことを言われ納得していた。つまり、先輩はぼくに奢る、ぼくは先輩に返さないかわりに、後輩に(似た形で)奢る、その後輩はさらに後輩に奢るだろうし、逆にぼくに奢った先輩はそのさらに先輩から奢られているのだろう。そういう世界観である。そのコミュニティ全体で引き継いでいくようなもの、というイメージだ。だから後輩に対して自然にそのバトンを引き渡していくし、自分が受けた分を返すだけなので過度には奢らない。そういうものだと思っているし、コミュニティを大きくしていけば社会というものはそういう風にして回っている部分もあると思っている。

 ただ、この文化を引き継いでいけ、ともそんなに思っていない。実際職場でも引き継がれていかなくなっていっているわけだ。そうなってしまうと、最後に奢られてしまった人間は、その先をなくしてしまうことになる。なんだかそれってすごく「失礼」なんじゃないだろうか、とぼくは思ってしまう。これはなんとなく、の話である。

 思うに、確かに自分自身は個人で、個人の意思というのは現代社会において最大限尊重されるべきであると思う一方で、実のところ「とはいえコミュニティの存続については最低限保守しないと」とも思うことが増えた。
 例えば、先輩が産休・育休に入ったとする。数年前くらいのぼくは、おそらく多くの若手と同じように「なんでひとの子どものためにおれが働かなくちゃならないのだろう」と思っていた。多分こういう考えのひとは多いし、それによって産休・育休がとりにくくなっているという側面はあると思う。
 しかし、30も過ぎ、先輩だけでなく同期や後輩まで育児休暇をどんどん取得していく中で、なんとなく、「おれは今間接的に子育てをしているのだ」という気分になっていることに気づいた。ぼくが生きて仕事をしているだけで子育てができると思うと、なんだか社会にいいことをしているみたいで少し楽になったのである。そして、つまるところ例えばぼくが今後子どもを持って育児休暇を取るのだとして、職場の同期や後輩たちを「間接的に育児に参加させることができる」ということにも気がついたのである。そうして恩讐を引き継いでいくのが社会なのではなかろうか、と思うし、そうであれば「訳あって直接子育てに貢献できない」ひとたちでも、身近にひとりでもそういう人がいれば自分も間接的に貢献しているということになるのではないかと思った。だからこそ、逆説的に、自分に合った人生をしっかりとギリギリまで生きるのが、最終的に社会を支えることにつながるのだろう。

 と、そんな屁理屈をこねながらぼくは今日も後輩にコンビニののり弁を買って、家路を急いでいる。

おすしを~~~~~よこせ!!!!!!!!おすしをよこせ!!!!!!!よこせ~~~~~~!!!!!!!おすしを~~~~~~~~~!!!!!!!!!!よこせ~~~~!