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『この恋に未来はない』

○食堂
 二人の大学生、先輩の松坂陽翔(22)と後輩の日野美月(18)が昼食をとっている。美月はボーイッシュな格好。陽翔は車椅子に乗っているのだが、初めのうちはそれが映りこまないカットで。

美月「(さらりと)私、陽翔先輩のこと好きじゃないんですよ」
陽翔「はい?」
美月「あ、もちろん人間としては好きなんですけど。恋愛対象ではないです」
陽翔「……そっか。(笑顔を取り繕って)でもそれ、俺が告白する前に言わないでくれる?」
美月「すいません。期待させたらよくないかなって」
陽翔「いいんだよ。俺が勝手に好きになって、勝手に……落ち込めばいいんだから。むしろ美月さんのせいで俺のときめきが奪われたんだけど」
美月「ときめきって」
陽翔「ねえ、責任取ってよ」
美月「は?」
陽翔「一回だけ、俺とデートしてください」

 思案する美月の視線の先にいるのは車椅子に乗った陽翔。


○アウトレットモール・入口
 先に待っていた陽翔の前に美月が現れる。デートの名目だが、美月はやはりボーイッシュな普段着。

美月「お待たせしてすみません」
陽翔「ううん、今来たとこ」
美月「……それ、言いたかったんですか?」
陽翔「ばれた? めっちゃ言いたかった」
美月「(モール内へ目を向けて)何か買いたいものがあるんですか?」
陽翔「いや、ブラブラできればと思って」

 陽翔が車椅子を反転させて中へ入ろうとする。美月が何気なく後ろに回って車椅子を押そうとするが進まない。陽翔が右足で地面を踏みしめていた。

陽翔「今日はデートだって言ったよね」
美月「(不思議そうに)はい」
陽翔「隣歩いてくれない? 俺、介助が必要なわけじゃないんだ」
美月「……すみません」


○同・通路
 様々な店が軒を連ねる道を行く陽翔と美月。

陽翔「欲しいものがあったら言ってね。そうだな、二万までならおごる」
美月「いや、悪いです。彼女じゃないんで」
陽翔「いいんだよ。こちとら先輩」
美月「荷物が増えるのは嫌なので」
陽翔「(笑って)そっか。残念」
美月「というか先輩、ブラブラって何がしたいんですか」
陽翔「美月さんとおしゃべり」

 美月、首を傾げる。

美月「大学でもできますよね?」
陽翔「できるけど、デートがしたくて」
美月「だったら普通は映画とか」
陽翔「映画ってさ、せっかく二人なのに二時間もスクリーンを見てなきゃいけないんだよ。もったいないと思わない?」
美月「世のカップルはもったいないことしてるんですね」
陽翔「奴らには次があるからな。付き合いたての会話が持たないカップルなら映画あたりがちょうどいいんじゃないの?」
美月「振られてるくせに」
陽翔「言うねえ。でもそうやって毒吐きながら付き合ってくれる美月さんがやっぱり好きなんだよな」
美月「先輩も結構言いますね。(強調して)振られてるくせに」
陽翔「たぶん告白させてもらえなかったから言い足りないんだよ」
美月「伝えたって意味ないじゃないですか」
陽翔「何で? 俺が美月さんの恋愛対象外だから?」
美月「そうです」
陽翔「ドライだね」
美月「先輩は割と、乙女ですよね」
陽翔「(笑って)そうかな」

 ブラブラを続ける二人。


○同・フードコート付近
 ベンチに座って待っていた陽翔に、二人分のドリンクを買ってきた美月が一方を手渡す。

美月「どうぞ」
陽翔「ありがとう」

 美月もベンチに座る。並んで飲みながら、

陽翔「こういうところだよな」
美月「え?」
陽翔「俺が並んで買ってきてあげたい」
美月「どっちが買っても同じですよ」
陽翔「『俺がおごるよ』『いえ、結構です』『まあ待ってなさい』って流れにできればたぶんそのままおごれるよね」
美月「なるほど」

 美月が隣を見る。ベンチに横付けの車椅子と、足を組むなどしている陽翔。

美月「先輩って……足、使えますよね」
陽翔「ああ、うん。俺は使える」
美月「どうして車椅子なんですか」
陽翔「(困った顔して)うーん」
美月「すいません。ちょっと聞いてみただけで――」
陽翔「ドクターに、死にたくなければ歩くなと言われたから」
美月「え?」
陽翔「簡単に言うと他人よりケガしやすい身体でさ。最初は車椅子なんてやってられるかって思ったけど、何度か病的骨折を起こして……懲りた」
美月「へえ」
陽翔「逆に言えば、いざとなったら俺は車椅子を降りられるんだ」
美月「いざって?」
陽翔「車椅子じゃ行けない場所に行きたくなったり――」

 陽翔、美月の方へ大きく身を乗り出して。

陽翔「美月さんのこと襲いたくなったり、とか?」

 陽翔が美月をじっと見つめるが、美月は平然と。

美月「できるんですか、そんなこと」
陽翔「(苦笑して)まあ命懸けだな。ここで突き飛ばされたりしたら、全身の骨が砕け散ったかも」
美月「……」
陽翔「美月さん?」

 突然、美月が立ち上がる。

美月「私に命を懸ける価値なんかありませんよ」
陽翔「え、ちょっと待って」

 美月は空になったカップを手に取って。

美月「捨ててくるだけです」

 ベンチから立ち上がっていた陽翔は、歩き出せぬまま車椅子に座り込む。

陽翔「何やってんだか」

 一方、ゴミ箱まで歩いてきた美月もカップを捨てて溜め息をつく。

美月「まったく私は」

 回れ右をすると同時に笑顔を作り直し、陽翔の前に戻ってくる。

美月「陽翔先輩。せっかくなので一つだけ、おねだりしようと思います」
陽翔「え?」

 美月、鞄からパスケースを取り出して、

美月「これ、チェーンが切れたのを思い出しました」

 陽翔が笑って頷く。


○同・雑貨屋~通路
 レジで精算を終えて、店員から袋に入ったパスケースを受け取る陽翔。

店員「ありがとうございました」

 陽翔は店の入り口近くで待っていた美月に袋を渡す。

陽翔「はい」
美月「(受け取って)ありがとうございます」
陽翔「男に買ってきてもらうのもいいもんでしょ?」
美月「……パシらせてしまった気分です」
陽翔「そっか」

 美月は受け取った袋をじっと見ている。

陽翔「帰ろうか」
美月「あ」

 陽翔が先を行く形で店を出る二人。少し開けた人通りの少ないところで美月が陽翔の正面に回り込む。

美月「すいませんでした」
陽翔「何が?」
美月「私は、陽翔先輩が車椅子だからデートをOKしたんです」
陽翔「(不思議そうに)車椅子だからNGならわかるんだけど?」
美月「だから、その……安パイだから」
陽翔「あー」
美月「先輩のこと、完全に見くびっていました」
陽翔「いやまあ実際安パイよ」
美月「(頭を下げて)本当にごめんなさい」
陽翔「……そっか。俺は車椅子のおかげで美月さんとデートできたんだ」
美月「え?」
陽翔「美月さんはいい人だね」
美月「全然そんなことないです」
陽翔「俺もごめん。美月さんが俺のこと恋愛対象外なの、たぶん気付いてた」
美月「はい?」

 美月がハッとする。

陽翔「確証はなかったし俺が好きでいる分には勝手だと思ってたけど、美月さんからすれば迷惑だよね」
美月「いえ……たぶん私がうっかりしたんです。先輩といるとすごく楽だから」
陽翔「俺が安パイだから?」
美月「そうかもしれません」
陽翔「いや否定してよ」

 美月、少しかがんで視線を車椅子の陽翔と合わせる。

美月「私、陽翔先輩が女の子だったら絶対好きになっていた気がするんです」
陽翔「へ?」
美月「あ、でも先輩って中身は割と乙女ですよね。それなのに対象外って私の心が狭いのかな」
陽翔「いや、俺が女の子扱いされるのはさすがに困るんだけど」
美月「じゃあ仕方ないですね。私のことは諦めてください」
陽翔「……」
美月「先輩は大丈夫ですよ。好きな人に好きって言えるんだから」
陽翔「言えなかったよ。美月さんが先に断ってくれなかったら」
美月「どうして?」
陽翔「(俯きがちに)だって――」
美月「言いましたよね。私、先輩が女の子だったら好きになったって。それは車椅子でも関係ありません」

 陽翔が顔を上げると、美月はもう視線をそらしている。やや照れた表情。

美月「帰りましょう」
陽翔「へ?」
美月「言っときますけど、二度と男とデートなんかしませんから」

 颯爽と歩き出す美月の後ろ姿を見ながら、

陽翔「やばい。また惚れちまう」

 陽翔もまた車椅子をこぎ始める。並んで小さくなっていく後ろ姿。

T『この恋にたぶん、未来はない』

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