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2024/01/14(日) 日記。別れのブルース。けむる港町。恋風を吹かせながら。

昨日よく動いたのでなんかしんどい。
歌の稽古。
むずい。なんていう言葉を使うほどに私も堕ちてしまった。
きもい。きしょい。かっこよ。メリクリ。あけおめ。セカオワ。リョクシャカ。
美しい日本語はどこへ行ってしまったのだろう。
えー、どうなんだい!社長!
どうせロックはありゃしねえ~、と歌ったタイマーズのゼリーを偲んで俺は今演歌を歌っている。
むずい。
「風雪ながれ旅」
北島三郎はジャパニーズソウルキングと呼ばれたとか呼ばれてなかったとか。
いや本当に偉大なのはシンガーソングライターの船村徹先生だ。
と、ここのところ毎日そうつぶやいている。
それはもういいとして(よくないが)、淡谷のり子の「別れのブルース」を聴きながら、我思う。
のり子は、のりちゃんは、「ブルーズ」と歌っている。踊るブルーズの切なさよ。
僕にはそう聞こえる。
窓を開ければ港が見える。
この歌を聴いたらRCの「けむる港町」こと「よそ者」という曲を思い出した。
サビが「踊れば揺れる 胸に降る 悲しさどのくらいなんて おいら知らない けむる港町」
と歌うロックバラードだ。「BLUE」という名アルバムに入っている。
1981年のJAMJAM南港ロックフェスとかなんとかいうライブで初めて聴いたのだ。
俺は大阪の港区で育った。港町育ちだ。だが、そんなセンチメンタルな街でもなかった。
住んでたところは船が出入りする港からは離れていたし、港区といわゆる港とが俺の頭の中ではあまり繋がってはいなかった。
だが、夕方になると潮の香りが漂ってくるぐらいには港町だった。
だから、この「よそ者」も「別れのブルース」も大好きなのだ。

だがだが、まだ、おれは稽古していない。
コードも拾っていない。
次の老人ホームに間に合うだろうか。
他にも演る曲がいっぱいあるから。
だが、だがだが、おれは歌いたい。「別れのブルース」。
菊地凛子が歌う「別れのブルース」に俺は泣かされたのだ。

最近は忌野清志郎のことをあまり思い出さなくなった。
ファンというのは冷たいものだ。
一時は中毒のように夢中になっても、ケロッと忘れてしまう。
コロッと寝返ってしまう。
人間なんてそんなものだ。

誰もが自分の歌を歌うので精一杯なのだ。
誰もが自分のブルースを歌うことで精一杯なのだ。

夜風 潮風 恋風のせて。
ここが気になったのだ。
恋風という言葉は、てっきりアナム&マキが作ったことばだと思っていたが、
淡谷のり子がとうの昔に歌っていたと知った。

二度と会えない 心と心 

僕はここにいます。また会いましょう。

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