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プライマリ・ケアの、健康やヘルスケアシステムへの寄与(2)

 前回より、『Contribution of Primary Care to Health Systems and Health』の内容をまとめています。(1)では、プライマリ・ケア医の存在と健康アウトカムとの関連についての研究を紹介しました。今回は、プライマリ・ケアに対する患者側の認識や提供される場、プライマリ・ケアの各特性などが健康アウトカムとどう関連しているかについてです。

患者と、プライマリ・ケアの提供者や提供の場との関係

 プライマリ・ケア医の存在が多いからといって、その地域のすべての人々がプライマリ・ケアサービスへのアクセスや受診が増えるとは限りません。なので、プライマリ・ケア医との関係やプライマリ・ケアの経験に関する研究も、プライマリ・ケアが健康にプラスの影響を与えるか、という意味で重要です。

 例えば、かかりつけとして特定のプライマリ・ケア医がいるかどうかが、健康アウトカムに影響するかを調べた研究があります。
 普段の受診先として、専門医ではなくプライマリ・ケア医がいると回答した米国の成人を対象に、かかった医療費や5年間の死亡をアウトカムとして設定した研究があります。健康状態・人口統計学的特徴(人種、教育年数、経済状況)・健康保険の種類(Medicaid、Medicare、private)、健康への認識、実際の診断名、喫煙といった背景を調整しても、特定のプライマリ・ケア医がいる群で医療費は安く($ 2,029 vs $ 3,100)5年間の死亡も少ない(調整前:6.2% vs 8.1%、調整後のハザード比 0.81, 95%CI 0.66-0.98)という結果でした。

Franks, P., and K. Fiscella. 1998. Primary Care Physicians and Specialists as Personal Physicians. Health Care Expenditures and Mortality Experience. Journal of Family Practice 47:105–9.

 「地区保健センター Community Health Centers:CHCs)という、米国で長年、特に貧困層を対象として医療を提供している組織があります。1994〜2001年における調査によると、CHCsは同様の社会経済的背景を持った他の医療機関を受診している群よりも、小児のインフルエンザワクチン接種、乳がん・子宮頸癌スクリーニング、ケアの継続性などを明らかに増加させていました。
 農村地区(社会経済的に貧困で、健康状態の認識も悪く活動に制限があると感じている人を多く対象としている)のCHCsでも、子宮頸癌スクリーニング(86.8% vs 74.8% p<0.001)、肺炎球菌ワクチン接種(44.8% vs 34.7% p<0.05)、低出生体重児の頻度(一般の農村地区が6.8%に対し6.2%であり、特にアフリカ系アメリカ人は13.0%に対し8.4%)が優れていたという結果でした。

O’Malley, A.S., C.B. Forrest, R.M. Politzer, J.T. Wulu, and L. Shi. 2005. Health Center Trends, 1994–2001: What Do They Portend for the Federal Growth Initiative? Health Affairs 24:465–72.
Regan, J., A.H. Schempf, J. Yoon, and R.M. Politzer. 2003. The Role of Federally Funded Health Centers in Serving the Rural Population. Journal of Rural Health 19:117–24.

 1980年代半ばに、プライマリ・ケア機能をより良くするために政策的に医療サービスを再編成したスペインでは、この改革の影響を調査しています。
 バルセロナの社会経済的に貧困な地域を対象に、1984〜1996年の改革が進んだ時期が異なる地域ごとに死亡率を比較しました。早く改革が進んだ地域で死亡率の低下が13.6%であったのに対し、遅く進んだ地域では10.3%でした。特に、脳卒中・高血圧・肺がんに関連する死亡率が、改革が早く進んだ地域で有意に低下していました。周産期や肝硬変、自動車事故に関連した死亡は、いずれの地域でも低下を認め地域ごとの明らかな差がなく、これはプライマリ・ケア提供そのものの影響を受けないと予想されました。

Villalbi, J.R., A. Guarga, M.I. Pasarin, M. Gil, C. Borrell, M. Ferran, and E. Cirera. 1999. An Evaluation of the Impact of Primary Care Reform on Health. Atencio ́n Primaria 24: 468–74.

 その他にも、直接専門医を受診するよりプライマリ・ケア医から紹介されて診療された方が扁桃腺炎・中耳炎の術後の合併症や再発が少なかったというカナダの報告や、プライマリ・ケア提供を意識した医療制度改革を行ったキューバとコスタリカでは、他のラテンアメリカの国よりもはるかに乳児死亡率が低いという報告があります。

Roos, N.P. 1979. Who Should Do the Surgery? Tonsillectomy-Adenoidectomy in One Canadian Province. Inquiry 16:73–83.
Riveron Corteguera, R. 2000. Estrategias para reducir la mortalidad infantil. Cuba 1995–1999. Revista Cubana de Pediatria 72: 147–64.

プライマリ・ケアの特性がどの程度よく達成されているか

 ここまでご紹介した研究は、プライマリ・ケアを提供した医師や場のよる違いを示してきました。さらに、プライマリ・ケアのどのような特性が、より良い健康アウトカムと関連しているかの研究について紹介します。

 オハイオ州の2,889人の患者を対象とした横断研究で、予防的ケアとプライマリ・ケアの各特性の関連をみたものがあります。
 ここではプライマリ・ケアの特性として、
▶︎コミュニケーション
▶︎患者に関する医師の知識(病歴・健康観・価値観など)
▶︎ケアの調整(専門医への紹介など)
▶︎患者のかかりつけ医としての認識(健康問題についての相談しやすさ)
の4つを挙げています。これらと、US Preventive Service Task Forceが推奨している予防的介入がどのくらいなされているかをこの研究では調査されています。
 4つの中でも、コミュニケーションとケアの調整はスクリーニングや健康問題の相談と有意に関連し、患者に関する医師の知識・ケアの調整・患者のかかりつけ医としての認識が予防接種と有意に関連していました。

Flocke, S.A., K.C. Stange, and S.J. Zyzanski. 1998. The Association of Attributes of Primary Care with the Delivery of Clinical Preventive Services. Medical Care 36: AS21–30.

 10代を対象にした、受診の特徴を調査した研究によると、予防を目的とした受診と疾患のケアのための定期的な受診が同じである(=プライマリ・ケアの提供に焦点が当たっている)ことは、望ましい予防ケアを受けやすく、救急外来の受診は少なかったという結果でした。

Ryan, S., A. Riley, M. Kang, and B. Starfield. 2001. The Effects of Regular Source of Care and Health Need on Medical Care Use among Rural Adolescents. Archives of Pediatric and Adolescent Medicine 155: 184– 90.

 プライマリ・ケアの各特性が、患者自身が思う自身の健康状態とも関連しているという報告もあります。
 近接性や継続性といったプライマリ・ケアの特性(患者経験)が高いと、健康状態の自己評価も高く、うつ病の発症も少なかったという結果でした。これはプライマリ・ケアの特性がより達成されているほど強い関連を示し、社会経済的な貧困を調整しても有意でした。

Shi, L., B. Starfield, R. Politzer, and J. Regan. 2002. Primary Care, Self-Rated Health, and Reductions in Social Disparities in Health. Health Services Research 37: 529–50.

 ブラジルの、出版されていない研究ではありますが、プライマリ・ケアの経験と良好な健康状態は関連があり、小児を対象としても同様の結果が得られています。

Macinko, J., C. Almeida, and P. Sa. 2005. Evaluating Primary Care Services in Brazil: A Rapid Appraisal Methodology. Unpublished manuscript.

日本のプライマリ・ケアの研究から

 この『Contribution of Primary Care to Health Systems and Health』に含まれてはいませんが、プライマリ・ケアの特性と健康への関連を示した報告は、日本からも発信されています。
 本邦のプライマリ・ケアの質に関する研究として、JPCAT(Japanese version of Primary Care Assessment Tool)を用いたものがあり、プライマリ・ケアの経験の良さと健康リテラシーの高さが関連していることが示されています。特に、継続性 Longitudinarityと包括性 Comprehensivenessと高い関連がありました。この結果から、健康リテラシーが低い患者さんに対する良質なプライマリ・ケア提供には工夫が重要であることが示唆されています。

T Aoki, M Inoue. Association between health literacy and patient experience of primary care attributes: A cross-sectional study in Japan. PLoS One. 2017 Sep 8; 12(9): e0184565.

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