スクリーンショット_2019-08-09_7

イギリスの医療制度

 医療政策学という講義では、日本の医療制度についても扱われますが、他国の医療制度も学ぶことで日本の制度を客観視しどう考えるかを学べます。今回はイギリスの医療制度についてです。イギリスというと、家庭医療・総合診療の分野ではGP(General Practitioner)という理想的な医師像をイメージします(未だ直接お会いしたことはありませんが、澤憲明先生のイメージが個人的には強いです)。GPの制度だけでなく、財政面でも日本と大きく異なるイギリスですが、歴史的にはかなり大変だったようです。

イギリスの医療政策の歴史

 第二次世界大戦が終結する前、ウイリアム・べヴァレッジが社会保障制度拡充のための報告(Beveridge Report:ベヴァリッジ報告)で、「社会全体で支え合い、全ての国民の健康を実現する」という理想を掲げ、第2次世界大戦後の保健大臣であったナイ・ヴェバンが「全ての国民が無料で一定レベルの医療を受ける仕組み」として、1948年にNHS(National Health Service)を誕生させました。当時は、英国医師会の85%が反対していたようですが、国民の85%は賛成したという背景もあり、紆余曲折ありながら成立しました。NHSの理念は、「公平・無料・国営」であり、この医療の社会化によって、国民が広く医療を受けられるようになります。しかし、1973〜1974 年の第一次オイルショックなどを背景に不況となり、社会保障の負担増もその原因の一つであるして、改革が行われていきました。1979 年に誕生した保守党のサッチャー政権が、医療の民営化やNHSへの歳出抑制を展開、引き継いだメージャー政権でもNHSへ市場メカニズムを導入して競争による効率化を試みました。しかし、結果として起きたのは、病院の経営難・労働環境の悪化による医療の質低下でした。医療費の抑制を目的にしていましたが、それすら大きな効果を示さない結果となりました(当時医療費対GDP比が6.6%であったがほぼ横ばいで推移)。

英国の医療制度改革が示唆するもの 国民・患者が選択する医療へ』を参考にさせていただきました。

イギリスの医療転換

 このような経緯を経て、1997年に首相となったトニー・ブレアは、①NHSの予算増加と医療従事者の増員、②診療ガバナンスの規定、③患者重視、の政策転換を進めます。特に②の診療ガバナンスの規定としては、NICE(National Institute for Clinical Excellence)が創設されました。NICEは、政府から距離を置いた中立的・専門的な立場で科学的根拠に基づいたガイドラインを作成しつつ、一般の方や患者の声も聞くことで「国家の強制」という色彩を薄めています。そういったスタンダードな医療サービスが提供されているかどうかを監査するような体制が作られ、またその結果を開示する組織として、CQC(Care Quality Committee)も設立されました。このような対応を基に、サービスの質にインセンティブをつけつつ、Accountability(説明責任)を求めることで、透明性の高い医療サービスの提供を目指しました。GPに対する報酬も、人頭割で規定されていたのが、近年は成果払い制(Quality and Outcomes Framework:QOF)の割合が増えているようです。患者重視の政策として、NHSの方針決定に住民の参加を義務付けたPPI(Patient Public Involvement)が作られ、個人レベルでも集団レベルでも地域住民の主体的な参加や能動的な関わりを促すようにし、2007年からはこれがLINKs(Local Involvement Networks)として、社会福祉サービスも含めるようになっています。この社会福祉サービスも含めた背景としては、高齢化に伴う必要なケアの中身の変化が影響、もともと医療はNHS、福祉は自治体と方針決定の場が分かれていたために、フレキシブルな対応が難しくなっていました。そこでCCG(Clinical Commissioning Group)として、医療と福祉のニーズを総合的に対応できるグループをGPや看護師、ソーシャルワーカーなどで構成させました。現場で働く人たちが構成員であることで、意思決定に係る管理コストも安くなることが期待されています。近年では、NPOが提携するなどして、社会的処方social prescribingも仕組みとして考えだされています。

 このような政策転換により、NHSに対する満足度は明らかに改善しています(下図)。1990年代は「満足している」の回答は50%に満たなかったのが、ここ10年ほどは60-70%程度に上がっています。

https://www.kingsfund.org.uk/publications/public-satisfaction-nhs-social-care-2018

 「満足」という回答の理由としては、ケアの質(71%)、利用の自由さ(62%)、利用できるサービスの範囲(46%)、医療スタッフの対応(44%)があがっており、医療サービスの質向上を目指した結果が反映されているようです。

https://www.kingsfund.org.uk/publications/public-satisfaction-nhs-social-care-2018

日本との比較

 日本とイギリスを比較すると、医療提供の仕組みが大きく異なっています。日本でここまで政府や第三者が介入したり、地域住民が医療政策に関わったりということはないですよね。また、病床数や外来診療の頻度も以下のように違います。

田畑雄紀. イギリス医療保障制度の概要 -日本の制度との違いについて- 第196回産業セミナー. セミナー年報 (2012), 37-48.

OECD 2017 より(非常に見にくい図ですが、一番右が日本、イギリスはUnited Kingdomで右から10番目です)

 政策そのものを簡単に変えることはもちろん難しいですが、仕組み知っていることは普段の診療や地域への関わりに生かせるかもしれません。また、他の国の制度を知ることは、日本の医療が当たり前でないことを気づかせてくれます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?