見出し画像

プライマリ・ケアの、健康やヘルスケアへの寄与(6)

 プライマリ・ケアまとめシリーズ、いよいよ佳境です。健康への利点として、6つが挙げられています。
1. 必要なサービスへのアクセスの拡大
2. ケアの質の向上
3. 予防へのより大きな焦点
4. 健康問題の早期管理
5. 主なプライマリ・ケア提供特性の累積的影響
6. 不要で潜在的に有害な専門家によるケアを減らす上でのプライマリ・ケアの役割
 今回は1についてまとめます。

1. プライマリ・ケアは、比較的恵まれない人口グループの
 医療サービスへのアクセスを拡大する

 プライマリ・ケアは保健サービスの窓口であり、様々な健康問題に関する相談を最初に受け付ける存在として機能し、さらなる必要なリソースに適切につなげていく役割を果たします。

 日本も含め、多くの先進国では、プライマリ・ケアサービスは普遍的で公平にアクセスできるような体制ができています。近年では、米国も医療保険体制がだいぶ変わってはきていますが、医療保険による健康格差は明らかです。

保険と格差とプライマリ・ケア

 古い文献ですが、2003年の時点で米国の保険加入者には人種差がありました。白人が66%を占めるのに対し、有色人種は34%にとどまっていたのに、無保険者の割合をみると、半数を超える52%が有色人種だったのです。

画像1

 加えて、保険と関係なくアフリカ系アメリカ人やヒスパニックは、ケアを受けたり利用したりするのにより大きな苦労をしており、無保険のマイノリティアメリカ人は、必要なケアを受けられないリスクが二重であるとされました。

Marsha Lillie-Blanton, Catherine Hoffman. The role of health insurance coverage in reducing racial/ethnic disparities in health care. Health Aff (Millwood). Mar-Apr 2005;24(2):398-408.

 医療保険の加入と健康との関連は、その限界について総説が出されています。単に保険に加入しているだけでは、プライマリ・ケアの優れた情報リソースが利用できない限り、他の格差が拡大する可能性があると指摘されています。
 逆に、保険加入の利点もあります。米国の各州におけるヘルスケアの様々な制度に関係なく、保険加入していないことは定期的なケアを受ける機会に欠けることの強力な予測因子でした。例えば、米国の医療保険の一種であるメディケイドの適応が拡大したことによって、ambulatory care sensitive conditions(ACSCs:適切なケアを受ければ入院が回避できる状態)の入院率が大幅に低下したことも分かっています。

Barbara Starfield, Leiyu Shi. The medical home, access to care, and insurance: a review of evidence. Pediatrics. 2004 May;113(5 Suppl):1493-8.

Ambulatory Care Sensitive Conditions(ACSCs)

 ACSCsは、あまり聞き慣れない言葉かもしれません。1993年にBillingsらが、タイムリーで効果的な外来診療によって様々な問題を回避できる状態について分類し、外来において急性疾患の罹患や慢性疾患の増悪、急な入院になってしまうような状態に対し、その発症を予防したり普段からうまく疾患コントロールすることの重要性を指摘しました。社会経済的格差、文化的背景、高齢者、介護者の問題、地理的要因などもACSCsには影響するとされていますが、プライマリ・ケアにおいて適切にマネジメントすることで不必要な入院を避けるということを目的に、各国で研究が進んでいます。
 このACSCsへの対応について、まさにプライマリ・ケアの現場で働く医師がそのことについてどう考えているかという視点を質的に調査した興味深い研究もあります。潜在的に避け得た入院となってしまう原因として、5つに分類されました。
1. システムレベル:時間外の対応や言語の問題
2. 医師要因:診断の不確実性や治療がうまくいかなかったなど
3. 医学的問題:精神疾患含め不安定な病状や治療薬の副作用など
4. 患者要因:不安や服薬アドヒアランス
5. 社会的要因:介護者の不在や介護者ケアの不足
 こうした結果を踏まえ、ACSCsの入院を回避するための様々な提言がなされました。
<プライマリ・ケア実践チームへの示唆>
▶︎予測モデリングを患者の社会的状況、服薬遵守、自己管理能力の評価で補完し、ACSCの入院のリスクが高い患者を特定する。
▶︎定期的な投薬レビュー(どのような投薬がどのように行われるか)、読みやすい投薬スケジュール、および遵守を改善するための患者、介護者、および医師の間での共有治療計画
▶︎高リスク患者の症状と治療順守の定期的な(電話含めた)モニタリング
▶︎患者と介護者の自己管理トレーニング(急性増悪時の対応や相談すべきタイミングについての指導と具体的な窓口の案内)
▶︎既存の社会支援システム(家族、友人など)と地域にあるリソースの活用
▶︎医療技術システム(モニタリングのためのデバイスツール、地域のリソースと医療をつなぐ、診療所と病院のカルテ共有)
▶︎医療機関ごとの医師のコミュニケーションの強化(時間外ケア、入退院におけるtransition of care、診断の不確実な場合の容易な相談)
<政策やマネジメントへの示唆>
▶︎入院の説明責任は、プライマリケア、セカンダリケア、病院、コミュニティ、患者を含むすべてのセクターで共有する
▶︎ACSCの入院は、ケアの質の低さがそのまま影響するのではなく、高度に集約されたレベル(広い地理的領域)で、その複雑な因果関係を十分に調整して測定する
▶︎専門家の見解ではなくエビデンスに基づいて、今後改善しうるACSCsを明確に定義する
▶︎文化に敏感な医学を含むコミュニケーションスキルは、医師の教育と訓練で強調される

Freund T, Campbell SM, Geissler S, et al. Strategies for reducing potentially avoidable hospitalizations for ambulatory care–sensitive conditions. Ann Fam Med, 11(4):363–370, 2013

 ACSCsについては、藤沼先生のブログや、慢性疾患モデルの適用によるACSCsへの対応の事例などが参考になります。
 また、患者経験(PX:Patient Experience)の軸でプライマリ・ケア提供の質を測定するツールであるJPCAT(The Japanese version of the Primary Care Assessment Tool)を用いて、沖縄の離島でACSCsの入院との関連をみたところ、より良いPXとACSCの入院率が高いという、対照的な結果が出ています。離島のような医療機関が1つしかないような地域では、慢性疾患が複雑で紹介されやす患者だと医師と患者の密接な関係を損なうのを避けるために過度にトリアージされた可能性がその理由として挙げられていました。離島から入院となると物理的な距離の問題もあり、診療する医師としては閾値を下げてしまうのは仕方ない面もあるように思いますが、このように質の測定を実際に数値化してみると、国ごとの医療体制によって違いが出てくることに気がつきます。

M Kaneko, et al. Admissions for ambulatory care sensitive conditions on rural islands and their association with patient experience: a multicentred prospective cohort study. BMJ Open. 2019 Dec 29;9(12):e030101.

社会的要因が与える影響と
プライマリ・ケア・サービス利用の重要性

 米国の小児を対象にした、ケアを受けるにあたっての人種・民族的差異を調査した研究があります。1996年の医療費パネル調査のデータをロジスティック回帰分析したものです。いわゆるかかりつけ医がないと、適切な予防接種から外れやすいこと、ケアを受けるのに語彙力が障害となっている可能性が示唆されました。

Weinick, R.M., and N.A. Krauss. 2000. Racial/Ethnic Differences in Children’s Access to Care. American Journal of Public Health 90: 1771–4.

 同じく米国で青少年を対象に、人種による医療へのアクセスについての調査をしたところ、前述の通り保険加入は白人よりも黒人・ヒスパニックで有意に少なく、黒人・ヒスパニックは自覚的な健康状態が悪くても、なかなか受診していないことが分かりました。ですが、一度受診すると、その後の通院は適切になされる傾向を認め、まずは受診するという最初の第一歩が重要のようです。

Lieu, T.A., P.W. Newacheck, and M.A. McManus. 1993. Race, Ethnicity, and Access to Ambulatory Care among U.S. Adolescents. American Journal of Public Health 83:960–5.

 日本でも、医療保険に関する問題は生じています。
 日本の医療保険は、「職域保険(被用者保険など)」「地域保健(国民健康保険)」「高齢者医療」の3つに分けられています。被用者保険が所得(世帯の支払い能力)に応じた負担を求める「応能負担」の考え方に基づいている、つまり低所得者は保険料が低く、高所得者は保険料が高くなるように設定されています(厳密には上限が決まっているので高所得者は応能よりも低い負担になっている面もあります)。これに対し国民健康保険は、所得や資産に対する応能負担の部分と、世帯や世帯内の被保険者数に応じて徴収される「応益負担」が混在、つまり医療を受けるであろう人が多いほど負担が増えるという構成になっています。なので、国民健康保険は低所得者にとっては負担が大きい保険になっており、保険料の滞納や無保険状態という問題の原因になっています。

阿部彩. 格差・貧困と公的医療保険:新しい保険料設定のマイクロ・シミュレーション. 季刊・社会保障研究, 2008, Vol. 44. No. 3

まとめ

 プライマリ・ケアの利用について、社会的要因や保険の視点から考察しつつ、ACSCsにも触れました。国や地域でそれぞれ異なる事情があることを意識しつつ、決められた制度の中でいかにプライマリ・ケアを普遍的に届けることができるかが重要です。プライマリ・ケアが果たすべき機能は、単に一医療機関での活動はなく、地域の中にあるリソースを包括してケア提供を行うという視点を持ち、受診やケアソースの利用の阻害因子を軽減・解消することなのだとおもいます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?