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不確実性への対応

 先日、鹿児島での総合診療合同勉強会をオンラインで開催しました。2年前から、家庭医療・総合診療専門研修の専攻医の先生方やその指導にあたる先生方を主な対象とし、ポートフォリオ作成支援や発表・共有の場として開催しているものです。
 今回は藤沼先生にご講演とポートフォリオ検討への参加をお願いしたところ、快く受けていただきました。定期外来診療のポイントを分かりやすく提示いただいたり、ポートフォリオ事例への深みのあるコメントをいただいたりと、非常に勉強になりました。

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不確実性の高い事例

 そんな今回のポートフォリオ発表ですが、私が指導医として専攻医の先生の発表をサポートさせていただきました。現在総合診療Ⅰ領域の研修のため、診療の教育には直接関われていないのですが、隔週で基幹病院に戻って外来を一緒にする日に、経験した事例の話を聞いていたので、そこで振り返りをしてポートフォリオのためのログをつけていました。
 今回発表した事例は、「家族志向ケア」「医療機関連携および医療・介護連携」をエントリーとしたのですが、そもそも最初の関わりの時点で、非常に未分化な問題が絡み合い、患者さん本人の医学的状態だけでなく、その家族を取り巻く状況やその後のケアのことまで含め、非常に複雑で不確実性の高い事例でした。
 専攻医の先生も、最初の関わりの時点から、非常に込み入った事例だと認識し、その不確実性をうまく受けとめながら、本人と家族を中心にケアを調整しておられました。自身の感情面もメタ認知しながら診療しており、専攻医3年目ともなると、総合診療医として成長しているなあと感じました。

 事例の相談を受けた当初から、指導医である私も不確実性を意識して彼と振り返りをしてきましたが、この「不確実性」について教育的視点を中心に省察してみたいと思います。

不確実性の分類

 「医学は、不確実性の科学であり確率のアートである。」
ー William Osler ー

 医師をしていれば、医療の世界が不確実性に満ちていることは誰もが周知の事実だと思います。オスラー先生も、上記のような言葉を残しており、医師が不確実性と相対していかなければならないことを示唆しています。
 しかし、一般に医学部での教育は、病歴聴取、身体診察、様々な検査を以て何らかの疾患カテゴリーに当てはめるという知識・スキルを中心に展開されており、医学生も医師も診断がつかなかったり問題がスッキリ解決したりしないとイライラしてしまうものです。これは患者さん側としても同様で、様々な診察や検査を行ったのにも関わらず診断や治療方針が曖昧なものであるということは受け入れがたいものです。そのため、不確実な状況では、患者側も、医師側も、お互いにモヤモヤし不安を抱えてしまいます。
 ヒトの体は、複雑な生物学的システムによって構成されており、そこに患者を取り巻く状況や環境などの多次元的な相互作用によって様々な問題が起こります。さらに、問題の表現のされ方やその理解のされ方(つまり患者や医師の関係性にもつながるところ)によってさらに影響されます。これが、医学における不確実性の所以といえます。
 以下の表のように、不確実性につながる原因が大まかに分類されています。

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A K Ghosh. Understanding medical uncertainty: a primer for physicians. J Assoc Physicians India. 2004 Sep;52:739-42. より筆者改変

 この不確実性を認識せずに診療をしてしまうと、
▶︎過剰な検査の施行
▶︎医療費の増大
▶︎不必要な他医への紹介
▶︎入院の増加
▶︎患者ケアの遅滞
▶︎患者への害

などにつながるされています。
 不確実性を認識すること、受け入れて対応することの重要性が指摘されています。

Charlie M Wray, Lawrence K Loo. The Diagnosis, Prognosis, and Treatment of Medical Uncertainty. J Grad Med Educ. 2015 Dec;7(4):523-7.

 さらに、Beresfordは不確実性の原因を技術的・個人的・概念的の3つのタイプに分類しています。

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Beresford EB. Uncertainty and the shaping of medical decisions. Hastings Cent Rep 1991;21:6–11. より筆者改変

 技術的不確実性については、適用しようとしている医学的情報の批判的吟味をしっかり行うという意味で、EBM(Evidence-Based Medicine)を忠実に取り組むことが求められます。
 患者さんの中には、病気や障害のために意思表示が難しい場合もありますが、代理として家族や介護者がいたとしても、その代理者の意思決定の妥当性については疑問が残ります。
 概念的不確実性として、自己をメタ認知し、より広い視点での診療が求められます。いわゆる「省察的実践家」のZone of masteryを広げていく振り返りが大事になります。
 患者さんの併存疾患、生活の質の指標、経済状況、医療へのアクセス状況などの要因はすべて、意思決定における重要な要因です。特に、プライマリ・ケアにおける意思決定は、病院においてしばしば行われるパターナリズムの意思決定プロセスとは大きく異なることの認識が重要です。患者さんの状況を考慮し、患者の視点から症状を分析し、これまでの医師としての経験から得た認知的枠組みも踏まえつつ、考えを現場に適用していく。そしてもこのアクションを行為の中だけでなく、行為の後や次に生かすような振り返りをすることで、不確実性への対処ができるようになるとされています。

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岡田唯男, 杉本なおみ, 藤沼康樹. 臨床指導医養成必携マニュアル. 東京 :ぜんにち出版; 2005. p47-51

不確実性と医学教育

 医学生、研修医の先生、専攻医の先生にとって、この不確実性を認識できているかどうかは、医療を行っていく過程で大きな壁になると思います。

 不確実性に対し耐性があるかどうかは、キャリアの選択にも影響します。内科や精神科を選択する学生に比べ、不確実性に対する耐性が低いとそれ以外の科を選択したという報告もあります。

Gerrity MS, White KP, DeVellis RE, Dittus RS. Physicians’ reactions to uncertainty: Refining the constructs and scales. Motivation and Emotion 1995;19:175-91.

 また、不確実性に対する耐性が低いと、心気症、老年医学を必要とする場合、心理的問題のある患者さんに対し、否定的な反応を示したという報告もあります。

Merrill JM, Camacho Z, Laux LF, Lorimor R, Thornby JI, Vallbona C. Uncertainties and ambiguities: measuring how medical students cope. Med Educ 1994;28:316-22.

 さらに、不確実性に対する耐性が低さや、患者さんへ不確実性を開示することへの抵抗があると、バーンアウト(燃え尽き症候群)につながることもわかっています。

Cooke GP, Doust JA, Steele MC. A survey of resilience, burnout, and tolerance of uncertainty in Australian general practice registrars. BMC Med Educ. 2013;13:1–6.

 このように、不確実性への耐性や対応する能力は、診療そのものやキャリアに大きく影響するのです。
 前述の分類でも示されている通り、彼ら自身の個人の問題ではなく、所属している医療機関という社会的状況も大きく影響します。そういう意味で、不確実性を受け入れ、どう対応するかを考えさせることが、指導医には求められます。

 可能であれば直接診療に関われればいいのですが、今回のように指導側と専攻医で医療機関が異なる場合は、専攻医の先生からの相談という形で遠隔での振り返りを行い、不確実性にどう対処すべきかを意識しています。
 不確実性を医学教育にどう落とし込むかは、以下の表にまとまっています。

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Charlie M Wray, Lawrence K Loo. The Diagnosis, Prognosis, and Treatment of Medical Uncertainty. J Grad Med Educ. 2015 Dec;7(4):523-7. より筆者改変
PRU:The Physicians' Reaction to Uncertainty
SNAPPS:Summarize relevant patient history and findings; Narrow the differential; Analyze the differential; Probe the preceptor about uncertainties; Plan management; Select case-related issues for self-study

事例のやりとりを振り返って

 今回発表した専攻医の先生は、ログをつける時点で自身の感情面やどこに難しさを感じたかなどを、事例の記述と併せて指導医と共有出来ていました。
 医学的問題を明らかにするにあたり、実施できなかった検査もあったため、限られた情報を基に専門医と相談して診断していました。診断自体は、おそらく間違っていなかったとは思いますが、それによって起こりうる合併症や検査ができるようになった場合のことなどの想定が不十分でした。これは、想定しうる様々な状況への準備という内因性の不確実性と、自身で診断した疾患のことをより深く調べたり合併症やさらなる検査を行うべき状況なども押さえたコンサルテーション、という情報の不確実性の二つが影響したのだと思います。

 不確実な状況で、診断から治療を行なっていくのに、以下のような枠組みがあります。

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Charlie M Wray, Lawrence K Loo. The Diagnosis, Prognosis, and Treatment of Medical Uncertainty. J Grad Med Educ. 2015 Dec;7(4):523-7. より筆者改変

 上の図によると、「診断」と「治療」の面で、事例を振り返って、不確実性への対応を深めていくことはできていたようです。その中で、複雑な家族背景があることを認識できており、家族志向ケアを意識してケア体制を整えたという点で、「不確実な点について患者・家族と共有意思決定を行う」ことができていました。この点を言語化して、指導医として伝えられていればよかったと反省です。

 さらに視覚的に分かりやすいものとして、問題に関する確実性と合意のレベルに基づいて、複雑な適応システムで適切なマネジメントや対応を示したものがあります。

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元文献は、Innes AD, Campion PD and Griffiths FE. Complex
consultations and the ‘edge of chaos’. British Journal of General Practice 2005;55:47–52. で、宮田先生の文献で日本語訳されています

 複雑で込み入った難しい問題は、多くの人からの合意があるわけでもなく、不確実性も高いため、クリアカットに対処することは困難です。ですが、このような複雑な問題に対処しようとすることで、Capability(個人が変化に適応し、新しい知識を生み出し、パフォーマンスを改善し続けることができる範囲)を向上させることができると言われています。以下の図のように、複雑な問題を対処しようとすることで、不確実な状況への対応能力の向上につながると言われています。

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S W Fraser, T Greenhalgh. Coping with complexity: educating for capability. BMJ. 2001 Oct 6;323(7316):799-803.

 このような図を使うと、不確実性を受け入れていくことの重要性が伝わりやすくなるかもなと思いました。

まとめ

 今回、不確実性をキーワードに、専攻医の先生との事例のやりとりを振り返りました。不確実性に関する論文は多く、より診断エラーに関する内容や、SNAPPSのような具体的な不確実性への対応能力を向上させる教育的枠組みも紹介されていました。今後、それらの文献もまとめていきたいと思います。

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