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#57 自分軸の正体。自分にとっての「よりいい」を設定すればそれでいい 〜拝啓3年前のわたしへ

今日は3年前のわたしへ

このシリーズは、わたしが過去の自分に対して、手紙を書くように、自分の気づきや大切にしたいことをしたためていく、100日note投稿チャレンジです

今日はいろんな仕事を終えてみて、できたことも多かったので満足げに思いつつ、子どもたちとお風呂に入っているときにふと思った。

幸せに生きるっていうのは、「今のままが続く」ということよりも、「よりよく」生きることを日々選択できているかなのではないか。
ということを。

だとしたら、「よりよく」ってなんだろうか。

よりよく生きるためには、自分にとっての「よりいい」はどの辺にあるのかをわかっているのが大事だ。しかし、自分の「よりいい」をわかっている人は少ない。
わたしもそうだ。わたしにとっての「よりいい」とは、「周りの多くの人が言っている”いい”を目指すこと」だと思っていた時期が長かった。
そうすると、多くの人からはよく思われないことはNGになる。
しかし、多く=世の中の全員からOKなことって実はない。何かに振り切れば必ずそれをよしとしない側の人が出てくるからだ。「みんな的にいい」を目指すというのは幻想なのだ。
「何もしない」ほうが、無難で、リスクが少ないように短期的には感じる。だから、動かない。同じことを続けるという人がいる。
でも、それも客観的&長期的にみると、何もしないことで時代に乗り遅れたり、今までの積み上げてもらっていたものがなくなることがあるわけで、安全策ではない時代になっている。


さて、自分にとって本当の、「よりいい」をみていこう。

「よりいい」の基準を自分のものに置き換えてみる。そうすると、軸が自分になるので、他の人の意見や基準を気にしなくていいことになる。
それはそれで不安な感じもするけれど・・・自分的な「よりいい」を持っていれば、「よりいい」に向けて進んでいるのか、後退しているのか、自分に判断してもらうことができる。
これがある種、自分軸という感覚なのではないだろうか。


例えば、わたしはこの数年で「自分のよりいい」を中心にすることが増えた気がする。今のわたしが目指している「よりいい」はこの辺にあるなと思った↓

・わたし自身がチャレンジしていること
・より自然体でいること
・ビジネスが無理なく回っていること
・関わる人がより幸せになっていること
・おもしろい人とおもしろいことができること
・新しいテクノロジーや挑戦にワクワクしていること

この「よりいい」を前提として、今日1日のわたしの行動がどうかを判断すればいいのだ。
例えば、今日はキャンペーンに向けて、ページを修正したり、SNSで発信できるように整えたり、動画をとってYouTubeにアップしたりした。
その活動の中身の中で、もっとよく出来ること・伝わりやすくすること
など改善できる点は多々あると思う。だけれど、この一連の行動について、わたしは自分の「よりいい」に「近づく」ほうを選んだと感じている。これでいいのだ。(いきなりバカボンのパパが出てきた)

もしかすると、この、「よりいい」がわからなかったり、定めていなかったりすると迷子になったり振り回されたりする。
あるいは、「よりいい」が何となくあっても、「近づく」行動ではなく「離れる」行動をとっていると満足度は下がるのかもしれない。


「自分軸」って聞くとちょっとわかりにくいことも多いけれど、この「自分のよりいい」を持っておくことが大事で、それに近づいていくか、離れているかをチェックすると迷子にならないのではないかと思ったのだった。

我ながら、結構いい発見な気がする。

最近、わたし自身、安定しているなと思うことが多い。また、周りからも安定しているように見えると言われること増えた。
これは、自分の「よりいい」を設定できていて、それに対して判断しているからなのかもしれない。

へぇ〜と思った方がいたら、ぜひやってみて。


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