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「マルセル・デュシャン」カルヴィン・トムキンズ著

お正月休み、何かまとまった読書をしたかったので、「なんだかカッコいいと思うけどよく分かっていない」デュシャンを選びました。
便器にサインした作品の人、ってことは知ってます。美術界は、デュシャン以前と以降に分かれるよ、という意見も読んだことがあります。
でも、意外と単純なことがどこにも書いてない。
どんな経緯で、「泉」は美術史上重要な作品になったのか。

「《泉》はデュシャンがアート作品として見せた瞬間から、アートの世界に深い影響を与え、コンセプチュアル・アートとポップアートが生まれるきっかけを作った。」
(「世界をゆるがしたアート」スージー・ホッジ P68より)

それは分かる。

でも、出そうとした展覧会から展示を拒否されて、実物はどこかへいっちゃったんですよね?
それがどうやって見直されたの?

それが分からないと、「泉」の姿が見えてこない。ひいてはそれは、「美術の価値づけ」はどのようにされているのかの理解に繋がっていると思うのです。
ということで、手に取ったのがこの本です。

”デュシャンの初めてのまとまった伝記”であり、且つ、著者のトムキンズは本人にインタビューした経験もあるということで選びました。
ずっしりとした重さ(約850g)のハードカバー、びっしり2段の本文、いいですねえ!読み応えあり!
手にしたときからワクワク、休みに入るまでお楽しみ!

※デュシャンの価値や作品解説については、詳しい方たちがたくさん書いておられると思います。私は初心者の感じた疑問を書いていますので、その視点で読んでいただけると幸いです。

内容は懇切丁寧にデュシャンの生涯を追います。ここまでか、というくらい、親兄弟から周りの人たちの生き方まで、細かい記述が続きます。いったいどれだけ名前と地名がでてくるのか、数えきれないほどです。

そして読んでいる途中で気が付きました。
デュシャンを追っているつもりが、19~20世紀の中ごろにかけての美術史を体験していることに。
知識として知っている内容を、刻々と変化する出来事として、その時代を生きているかのように感じていることに。

キュビズムやシュルレアリスムは、盛り上がった時期ってわりに短いんだと思っていました。歴史として学べばそうかもしれない。しかしその時代に生きた人たちにとっては10年も決して短くはないのですよね、当然ながら。
そのようにリアルな出来事として激動の時代、後期印象派からダダ、抽象絵画、モダンアートに至る時代をデュシャンを通して読むことができます。
そう、デュシャンはその真っ只中にいたのです。
そしてそれが私の疑問、「どうやって泉は重要になったのか?」につながります。

そう、まず大前提として、「泉」を制作したとき彼はその業界(西洋社会における美術業界)の真っ只中に所属していたのです。
彼がそもそも油彩を描いていたことを私は知らなかったのですが、まず「パリ」で「油彩画を描いて認められた」ことでそのポジションを得ています。
1918~1933年にかけて、ほとんど美術活動をしていなかったにもかかわらず、名声は維持されました。それには彼の、多くの作家や収集家との繋がりも大きな影響があります。一人の人がこんなに有名な人と繋がれるんだなあと感心します。当時はそれだけ業界が小規模だったのかもしれません。

第二次世界大戦後、美術業界は資本主義の隆盛と相まって急拡大します。大型美術館がぞくぞくとできて、一般庶民がおしかけて、それまでの限られた業界とは全く違うニーズと状況が生まれてくる過程も描かれています。
ピュアなインテリ(と私は理解しました)のデュシャンはその状況を嘆くけれど、芸術のスターを必要とする業界の流れの中、彼の特徴(作品の理解しがたい神秘性・寡作・ダンディな見た目など)のおかげで評価は高まっていきます。本人は良いこととは思っていなかったかもしれないけれど。

なぜ「泉」は重要になったか。
(作品の意味や解釈ではなく、それが埋もれてしまわなかった経緯)

それは作者のデュシャンが業界の中ですでに認められた人であったこと。彼がアート作品作りをしなくなった時期でも、彼の力を認めて期待していた業界人たちがいたこと。
時代の流れがだんだん評価を高めていったこと。最初はレディ・メイドの概念は評論家やアーティストさえ、多くが理解しなかった。本人でさえ、確固たる理念を最初から確立してたわけじゃなかった(レディメイドの最初の一作目から、三作目の泉までは4年も空いている)。徐々に固まってできた概念から、後になって、記念碑たる泉が広く評価され、今の位置に至った。
ということ読み取ってとても納得しました。
そして美術作品の評価の在り方というものが少し分かった気がします。

「文化」とは、「環境」(あるいは、「状況」と言ってもいいのかもしれない)と、切っても切れない関係にある。

作品を作り、そして見た人に何かの印象を与えたいのなら。
自分がどの時代、どのコミュニティにいて、そしてそこで何をしたいのか。
それを自覚することが大切なのだと改めて思いました。


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