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【万葉集】あしひきの(巻二・一〇七 大津皇子)

あしひきの 山のしづくに 妹(いも)待つとわが立ち濡(ぬ)れし 山のしづくに
(巻二・一〇七 大津皇子)

【解釈】

雫が滴り落ちる山の中で恋しい君のことをずっと待っていた。ずっと立っていたら、山の雫で衣がすっかり濡れてしまったよ。

山のしづくに、というフレーズを2回繰り返しているのが印象的な歌です。
大事なことだから2回言ったのかな。

たった31文字しかない世界で、7文字も消費する全く同じ言い回しを2度も使う。なかなか思いきった表現です。このフレーズ気に入ったのかな。J–POPのサビみたいなものでしょうか。繰り返しの中に妙味がありますね。

作者は天武天皇の息子、大津皇子(おおつのみこ)。
24歳の若さで謀反の疑いがあるとされ、自害を余儀なくされた悲劇の人です。

この歌では恋人だった石川郎女(いしかわのいらつめ)に会いたくて長いこと待っていたのに会えなかった、そんな出来事を詠んでいます。

大好きな相手を山の中でずっと待っていたのにデートもできなかっただなんて、普通のカップルではなさそう。訳あり感がすごいです。

石川郎女は、草壁皇子とも恋仲にあったとされています。草壁皇子は大津皇子にとって皇位継承をめぐるライバルでもあり、さらに恋人をも取り合ったなんて、なかなかややこしい。

歌の内容は割とシンプルです。
「あしひきの」は山を引き出すための枕詞、「山のしづくに」もほぼ重複なので「露がつくほど長い間、山で君を待ってたよ」というだけです。

時代背景を考えれば、この山というのは明日香村か橿原市あたりのどこかでしょうか。

わかりやすい恨み言、ちょっと押し付けがましさもあるのだけど決して重くはない。悲壮感はなく、若さゆえの情熱があふれていて、かわいらしい歌だなと思います。

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