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イケメン君の逆襲



世の中悪いことというのは本当にできないもので、先日、役者として呼んでいただいたとある映画の撮影現場で、私は、かつて自分がドラマ脚本の仕事をした時に、つい面白おかしくイジって書いてしまった俳優さんと同じシーンで共演するはめになりました。

しかも、主役と端役として。

彼はその当時から超絶なるイケメンで、業界人の両親を持ち、顔よし声よし姿よし、しかも性格もいいという、どこを切っても非の打ちどころのないサラブレッドの2世君でした。

きれいはきたない、きたないはきれい、というシェークスピアの台詞じゃありませんが、そんな超絶イケメンをそのままカッコ良く使うなんて私のプライドが許しません。

なぜなら、私はかっこいい人が無様なさまをさらすところとか、逆にそうでない人にふとした矜持を見せられる瞬間とか、そういったものに萌えというか、エロチシズムを感じてしまうタイプだからです。
そういう意味ではイケメンを椅子に変えて延々ストーリーを展開させた新海誠監督はまことに素晴らしいと思うのですが、どうせなら椅子よりハダカデバネズミとかにしてもらった方がもっとずっと面白くなった気がするのです。

だから私は、よーし、じゃあこのイケメン君には思い切り変なことをしてもらおう、そして私を楽しませてもらおう、と腕まくりをして執筆にとりかかりました。

出来上がったのは彼女の部屋に霊がいるという設定で、そんなものは信じないと言いながらも成り行きで除霊をするはめになり、半ばヤケクソでにわか陰陽師となって見えない何かに向かって大立ち回りをするイケメンの彼氏という役どころでした。

驚いたことにそのメチャクチャな話は企画会議を通り、私はめでたく彼が「俺は何をやってるんだ」という感じを出しながら彼女の部屋で九字を切り塩を播き真言を絶叫するという滑稽なさまをオンエアで見ることができたのです。

しかし結局、彼はそれでもカッコ良く、勝負は私の惨敗でした。

そしてあれから数年後、その彼とまさか同じ現場で共演するとは誰が予想したでしょうか。

彼はもちろん私のことをよーく覚えてくれていて、わーお久しぶりです! という爽やかな驚きの挨拶のあとは、リハでも本番でも目があうたびにニヤニヤと笑ってきます。
何がおかしいのか、と思いましたが、そりゃおかしいでしょう、とすぐに気づきました。なにせ現在すっかりスターになった彼からしてみれば、かつて脚本家モードでえらそうに接していた私が今や大部屋女優として目の前にいるんですから。

江戸の敵を長崎で討つ、という古い言葉がありますが、彼が嬉しそうにこっちを見るたびに私は生きた心地がしません。いやたぶん彼は実際そんなこと何も考えてなくて、かつて脚本でご一緒した人が今役者やってるんだ、へー面白いなー、くらいのおおらかな気持ちで私をなま温かく見守っていただけだと思うんです。ああこれだから業界人の出来息子はイヤなんだ。

じっとしているだけで背中や首筋から汗がだらだら流れてくるのは、真夏なのに袷の着物を着せられたせいだけではありません。ともすればいたたまれなさに姿勢が悪くなりがちな私に、またそういう時に限って監督が「君、次のシーンもここにいて」とか言ってくるのです。

とにもかくにも夜更けまで及んだ撮影は無事終了し、最後にあの時はさんざん変なことさせちゃってごめんね、と頭を下げる私に、彼はとんでもない、またよろしくお願いします! と百点満点の笑顔を見せて爽やかに去っていきました。

これからきっとこのようなことが増えていくのかと思うと胃が痛いです。

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