さよならができなくて

去年の11月の終わり、会議でバンコクに行った時、キラびらかなホテルが並ぶスクンビットの歩道橋で路上生活をしている母と子供を何組も見た。

20歳前後でバックパッカーをしていたときの私は、そういう母子にお金を渡すとき、心のどこかで「子どもにあげるんだよ。子どもに美味しいものを食べさせてあげるんだよ」と思っていた。

でも子どもを2人持つ母親になった38歳の私は、そのお金でお母さんが何か美味しいものを食べたり、心に少しの余裕ができたりするといいなと願っていた。子どもにとって生活環境はもちろん大事だけど、その環境を作るのは一番近くにいる大人(多くの場合親)であり、親が作る「世界」が小さな子のすべてであることを、日々実感しているからだと思う。

そしてたぶん、若い頃の自分が思っていたほど、大人は有能でも、成熟してもいない。親になることは思っている以上に大変だ。人間は一般的に歳を経ると体力は衰え、柔軟性を失っていく。それを踏まえた上で、親が幸せにならないと、子どもは幸せにならない。虐待のニュースを見るたびに、そう思う。

上の子は、4歳になった。集中力があり、意固地で、怒りは素直なのに甘えは素直じゃなく、自分の世界観があって、人に振り回されない。そのくせ活発で、勢いがあって、人間に興味がなさそうなのに、モテる。私は女だから、こういう男の子がモテるのはなんとなくわかる。身長も1メートルを越えたけど、いまだに「小さい○○」と思わせる儚さ。多分色素の薄い髪、柔らかい肌、細い骨格などがそう思わせるんだと思う。

下の子は、3歳になった。誰に対してもオープンで、上手に甘え、愛されるタイプの男(羨ましい)。特に保育園の保育支援員さんに可愛い可愛いと言われ、クラスの女の子に世話を焼かれ、本人はその愛を当たり前のように享受し、自分の好きなこと(とにかく生き物)のことばかりを話している。お風呂も、プールも、洗濯機の脱水の音も怖く、親が怒りそうな顔をすると怒る前に泣く。幼児らしい幼児。

1歳&2歳のコンボよりも、2歳&3歳のコンボの方が数倍大変だった。動き回る量が圧倒的に増え、表現の幅が広がり、要求が複雑になる。とにかくずーっと動き、ずーっとしゃべっている。3歳&4歳コンボはたぶんそれがもっと加速化するので、きっともっと大変だろうと思う。でもまだ小さくて、起きてる時も寝ているときもくっついてくる子どもたちは、ひたすら可愛い。

3月29日で、さよならしたかった人がたくさんいた。一年間お世話になった保育士の先生たち。我が居住区では2年ごとに保育士さんが移動するので、上の子と下の子を2年間見てくれた先生がいなくなってしまう。可愛がってくれた支援員さんたち。保育士の先生とは違う温度で愛してくれたおばあちゃん世代の支援員さんたち。「賢いね」とか「おしゃべりが面白い」とか、いつも会うトイレで(支援員さんたちはオムツ替えをいつもしてくれた)かけてもらった言葉たちを、私は宝物のようにずっと抱えて生きてる。

上の子は3歳児(年少)クラスで、幼児の異年次交流グループで一緒になったお兄さんに随分可愛がってもらった。わかりやすく甘えることもなく、何度名前を呼ばれてもろくに返事もしないのに、最後までずっと遊んでくれた5歳児クラスのお兄さん。みんなにありがとう、さようなら、元気でねを言いたかった。保育士の先生たち以外は、みんな18時前に帰ってしまう。でも、仕事をしている私は、職場の送迎会に顔を出し、最後の最後まで延長保育になってしまった。

節目節目が日常に埋もれて過ぎ去って行き、慌ただしく「はじまり」が始まる。4月1日の月曜日には、新しいクラス、新しい先生たちに会い、また私は8時前にはニコニコ精一杯の笑顔をふって子どもたちと別れる。

こんなにも自分の仕事が大好きな私が、自分が仕事人間であることを恨めしく思うのは、年で一番、3月の終わりだと思う。


ちゃんと、さよならをしたかった。



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saereal

ライフとワークに関する徒然ノート

働く女性研究者が妊娠・出産・子育てと仕事について考えていることを書いています。
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