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【オンナという名の女の子 その1】

彼女は久子という名前で過ごしてきたが、本当の本当は久幸という漢字なのだそうだ。

95年も前、《戸籍》とは割とおおらかなものだったのか、たまたま彼女が生まれ育った環境やら、偶然によるものなのか。

平成30年の今年、数え96歳を迎えた5/8。
『私生児で生まれたでしょ?お父さんが、本家に私を連れ帰ってしまうでーて周りに言われて、おじいちゃんが焦ってとりあえず戸籍出して。ほんまは5/8やのに、8月の誕生日は、おじいちゃんの彼女の命日だんねん、その日を誕生日として登録しましてん』何度も聞いてきた話だけど、特に上機嫌で熱を入れている様子につられて、同じクダリも余計面白く聞こえる。

16歳から芸者の道に入り、主にミナミの中であの街に住み、この街に通い、何度も出会いや別れを繰り返した一人暮らし歴トータル80年。(まぁ、パートナーは色々いたであろうけど)

エビが大好物で、食べたいものしか食べず、最近はちょいちょい頭の重さに悩み、それでも、『あー今日はよう食べた。また元気もらったから、あと5年頑張りまっせぇー』と伸びをした。

僕らが、携えていたピンク色のプリザーブドフラワーを渡すと、透明の箱を手にして、『わーーー』『こんなええもん。いつもすみまへん』と、
感嘆をあげ、『ちゅっ』と音を立てて口づけしてみせる。

『私、今、一人暮らし40年やわー。お母さん、私の大先輩やもんなぁ』と胸に去来するものを隠すことなく涙ぐむ、黒門近くの割烹の女将が、片手で背中を抑え、座椅子に座らせようとすると、おどけながらも、
『私、1人でっしゃろ?そやから、自分でせなあきまへんねん』と手を貸されることに対して、自ら線を引く。

『芸者の仲良かった歳下の子らが5人くらいいてましてんやけど、『おねえさんが年取ったら、心配せんでもええよ、私ら死水とるから』言うてたのが、みんな先に死にました。みんなから私、寿命吸い取ってまんねやろな』と笑う。

生きることは、刻むということを繰り返していくことなのだろう。嫌なことは忘れることが肝要だと語る彼女をみていて、生き方を教えてくれるオンナは、いつも女の子の顔をしているとふと思った。

家に送ると鍵が、なかな鍵穴に入らない。思わず手を伸ばすと、『あきません!自分でせなあかんのやから』と。またもや叱られた。

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