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【小説】 亮介さんとあおいさんとぼくと 8/30

《5 そしてドバイへ》

最寄駅から電車で関西空港にむかう。その日は、快晴で、申し分ない天気だった。2月にしてはあたたかく、コートをきているのはあついくらいだった。

その前の日はさむかった。なかなか判断がむずかしいこの時期の天気である。

フライトは、夜の11時だから、そんなに早くむかわなくてもいいのだが、昨晩、亮介さんからこんなラインがきた。

「明朝、正午より、関西国際空港にて作戦会議を行う。遅刻はせぬように」

けったいなスタンプといっしょに送られていた。ぼくもけったいなスタンプと合わせて「了解した」と返事をしておいた。

ということで、亮介さんと落ち合う予定だった。ぼくは5分遅刻してしまった。まずいとおもっている雰囲気を出すために、やや駆け足で、待ち合わせ場所にむかった。

しかし、亮介さんの姿はなかった。
三十分たっても彼はあらわれなかった。電話をしてみた。

「メーン」

これは彼にとっては「もしもし」に相当することばらしい。

「おはようございます。亮介さん、今どこですか?」

「どこって、今起きたけど・・・おおん!いや、さっきまで、もうすぐこどもがうまれそうな妊婦さんを助けていたんだ。それで病院にいるのじゃ。

ちょうど妊婦さんの容態も落ちついて、そろそろ出ようかとおもってたところだ。そうだな、今から二時間くらいしたら関空につけるはずだ」

この二時間くらい、というのは、ぼくらの最寄駅の三田駅から、関西国際空港までの所要時間である。つまり亮介さんは寝坊したということだ。

けっきょく、三時間後、亮介さんが到着した。

「妊婦さんはどうでしたか?」
といちおう聞いてみた。

「くる途中で、妊婦さんのダンナさんから電話がかかってきて、我が子がうまれたよろこびと、そこにいたるまでの妊活の大変さについて聞かされたんだ。

その上、妊婦さん、いや、もう赤ん坊はうまれたから、ただのお母さんか。お母さんとのなれそめまで延々と聞かされていたんだよ」

「たいへんだったんですね」

彼は、ほとんど起こりそうにもない出来事をでっちあげる。非常にわかりやすいウソをつく。そうやって遅刻したことをごまかそうとする。

これの前は、5時間の遅刻をしたのだが、「街中を歩いていたら、モデルにスカウトされて、延々と写真をとるのに付き合わされたよ」といっていた。

しかも、「手のパーツモデルだからどこに掲載されたのかよくわからないんだよ」とよくわからない隠蔽をしようとするあたりが姑息だった。

空港の国際線ターミナルは、海外旅行にむかう人たちであふれていた。いろんな国の人がいた。

旅行をする人の多くは、ある程度お金には余裕があるからか、どこか生活のゆとりを感じられた。

格差や差別や戦争のない、理想の世界があったとしたらこんなふうなのだろうか。

そんなことを考えていると、亮介さんから「きょうの天気がいいのは、日ごろの行いがいいからかなあ」と能天気なひとりごとが漏れた。

ツッコミを待っているのだろうが、そこは放置しておいた。彼は、なんだかうきうきしているように見えた。よほどあおいさんに会えるのが楽しみなのだろうか。

いや、緊張を隠すための、から元気かもしれない。

ぼくもせっかくの海外旅行だから、どちらかというと、楽しげな雰囲気でのぞみたいところだった。

だがなんといっても中東にむかうので、アラビアのみなさんには申し訳ないが、テロとか拉致とか、そういうものに怯えているのが正直なところだった。


ーーー次のお話ーーー

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