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トータルオフェンスを実現するためのオフェンスシステムについて考察する【5/8】

トータルオフェンスを実現するためのオフェンスシステムについて考察する【4/8
からの続きです。

トータルオフェンスシステムを構築するための視点

4.数的優位と質的優位の確保

さて次に、ここまでで何度か繰り返して出てきた重要なキーワードでもある 「数的優位」と「質的優位」という視点について話をしていきたい。

①オフェンス vs フロントディフェンスにおける数的優位

まず「数的優位」について話はシンプルである。ブロッカー、つまりフロントディフェンスに参加できる最大人数は3名。この3名に対して、オフェンス側は4名ないしは5名が攻撃参加する状況を生み出すことさえできれば数的優位な状態でオフェンスを遂行することができる。チームオフェンスを考える上で、ここで述べた数的優位をいかにして確保できるかが重要である。

②ヒッター vs 対峙するブロッカーにおける質的優位

次に「質的優位」についての話は少々複雑である。一言で「質」と言ってもそこには複数の要素が絡んでくるためである。ここでは、複数の要素の中でもその影響が大きいと思われる「高さ」と「早さ」と「位置」を中心に話をしていきたい。

まず「高さ」については比較的シンプルに考えることができそうである。これは、オフェンスにおける最終ボールヒッターが自身の最高到達点により近い位置でボールヒットできるかどうかという視点である。より高い位置からボールヒットすることができれば、アタックプレーの選択肢は広がる。ブロックの上からヒットできる可能性が高まるし、コース幅も広がることになるだろう。そして、ヒットされたボールの入射角度にも幅ができることにもなる。

ただ、実際のゲームではブロッカーのほうが指高や最高到達点が高いという状況もある。しかし、ここで注目すべき点はあくまでヒッターが自身のアタックプレーに関してより多くの選択肢を持つことができるという点であり、そのためには自身のヒットポイントを最高到達点に少しでも近づけられるということが非常に重要なのである。

さて、次に「早さ」についてだが、ここについての話は理解するのが少々難しいところがある。ここでの「早さ」とは具体的に言えば、相手のブロックプレーに対してアタッカーが ”相対的に早く” アタックプレーを繰り出すということが重要である。相手コートのプレーヤーを無視した "絶対的な速さ"  を追求し続けることにもはや意味はない。

重要なことは、セッターのセットからアタッカーのボールヒットまでの時間をただひたすらに短くしようとするような偏った思考(時短思考)を持つことではない。重要なことは、相手ブロッカーがジャンプして最高到達点に達しようとするよりも先に、ボールヒッターが自身の最高到達点近くの「高い」位置で相対的に「早く」攻撃しようとする思考(対戦思考)を持つことである。

最後に「位置」についてだが、これは相手ブロッカーに対してヒッターがコート内のどの位置で最終的にアタックプレーを遂行できるのかという視点である。ここでの "位置" はコートを2次元上の座標空間として捉え、どこでボールヒットするのかを意味する。

まず横軸から考えてみよう。これはスロットの話である。どのスロットからの攻撃であれば相手ブロッカーよりも優位な状況でアタックプレーを遂行できるのかという話になる。また、相手ブロッカーがヒットの瞬間にヒッターの真正面の位置に対峙しているのか、それとも少し左右にずれて位置しているのかという点についても考慮しなければならないだろう。

次に縦軸について考えてみよう。これは、ネットとボールヒッターの距離の話になってくる。ボールがネットから15センチ離れた位置でヒットされるケースを例に挙げて考えてみよう。このケースで相手ブロックが完成しているとすれば、ボールヒッターがスパイクを選択するのは得策ではない。コース幅を確保することが困難なため、シャットアウトされるか、ワンタッチをとられて攻撃し返されることになる可能性が高いだろう。そのため、リバウンドをとって再度攻撃に転じる選択肢をとるなどしなければならないだろう。

これに対し、ネットから100センチ離れた位置でボールがヒットされるケースだとどうだろうか。ヒッターは相手ブロックが完成していたとしても、ブロッカーとの距離があるため、周辺視野とコース幅を確保してスパイクすることが可能になるだろう。また、最後までスイングしてもタッチネットする心配をすることがないため、フルスイングでスパイクを打つことができ、相手ディフェンスに対して優位に立つこともできるだろう。


さて、ここまで述べてきた質的優位について、一つ具体的な例を挙げながら質的優位の主要素となりえると思われる「高さ」と「早さ」と「位置」の相互作用について考えていこう。

一部のバレーボーラーの中では、セッターがセットするよりも先にアタッカーが踏み切りを完了した状態(マイナステンポ)から、アタックプレーを繰り出す速攻のことを「低イック(ヒクイック)」と皮肉を込めて呼ぶことがある("低" と入っているのはマイナステンポだとセットがダイレクトデリバリー傾向となり結果的にアタッカーの打点が低くなることが多いため)。

これはまさに、セッターのセットからアタッカーのボールヒットのまでの時間を最短にしようとする思考(時短思考)から生まれた攻撃だと言える。どんなに速い攻撃をしかけたとしても、その代償としてアタッカー本来持っている能力を最大化できなければ、遅れて跳んできた相手のブロックにワンタッチをとられてしまったり(高さを失う)、ブロックを抜けたとしても簡単にディグされてしまったり(打力を失う)するだろう。

相対的な「早さ」ではなく、盲信して絶対的な「速さ」を追求することによって「高さ」や「位置」という質的優位を犠牲にしてしまい、本来アタッカーが持っている攻撃の選択肢や攻撃力自体を削いでしまうことがあるという、分かりやすい例がこのマイナステンポの速攻である。

では、この具体例から私たちが学ぶべきことは何なのだろうか。

質的優位について考える際に大事なこと。それは、複数存在する質的要素を総合的に観察・判断し、チームにとって最適だと思われるバランスを模索・追求することである。

「低イック」のように、特定の質的要素だけを盲信的に追求していると、他の質的要素における優位性のレベルが極端に下がってしまうということが起こり得るのだ。まさにこれは「木を見て森を見ず」の典型例である。


また、ここでは質的優位について考える上で「高さ」と「早さ」と「位置」の3つに焦点を絞って解説してきたが、これ以外にも重要な質的要素は存在していることを忘れてはいけない。

例えば、アタッカーが十分なアプローチを確保できているかといった点やヒッターがパワーポジション(ゼロポジション)でボールをヒットできているのかといった点も質的要素の一つとして挙げられるだろう。「木を見て森を見ず」にならぬようホリスティックに質的要素については考える必要があるのだ。

トータルオフェンスを実現するためのオフェンスシステムについて考察する【6/8
に続きます。

バレーボールに関する記事を執筆しています。バレーボーラーにとって有益な情報を提供することをコンセプトにしています。