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自己構造化トレーニングのデザインについて考察する

選手を育成するのに私たちが最初に行わなければならないのはゲームモデルを作ることではない。それは指導者がやりがちな大きな間違いの1つだ。どんなに立派なゲームモデルを作ることよりも、まずその選手に『何ができるか』にフォーカスしなければならない。

これは パコ・セイルーロの言葉である。

私はこの言葉から自分自身の育成に対する考えを改めて見直すためのヒントを得た。本記事では、彼の構築した『自己構造化トレーニング』について考察を深めていきたいと思う。

パコ・セイルーロとは

パコ・セイルーロとは一体何者なのか。

本記事を読んでくれているだろうバレーボール畑の人たちはそう思ったに違いない。そんな名前聞いたことないと。

彼を分かりやすく形容するならばこうだ。

誰もが知る世界屈指のサッカー・クラブ、FCバルセロナのカンテラ(育成機関)からトップチームまでのトレーニング理論を構築した人物。

これだけで彼の偉大さは十分に伝わったと思うが、彼の『稀有』さ加減について加えて知ってもらいたいことがある。それは、彼がいわゆるサッカー畑の人物ではないのである。彼はもともと陸上畑の人間なのだ。しかも、サッカー畑にやってくる前にはハンドボール畑を経験している。

私自身もそうだが、自身のプレー経験がある競技のコーチをすることのほうが多いだろう。ましてや、3つ以上ものスポーツでのコーチング経験を有するというのは稀ではないだろうか。しかし、そんな彼だからこそ、色眼鏡なしにサッカーの本質、もっと言えばチーム・スポーツの本質を見抜き、サッカーだけに留まらず、あらゆるチーム・スポーツに共通するトレーニング理論を確立することができたのかもしれない。

『構造』と『要素還元』

彼が確立したトレーニング理論である『構造化トレーニング』について語る上で、まず「構造とは何か?」ということを理解する必要がある。早速『構造』について考えていきたいところではあるが、まず『構造』に相反する『要素還元』という概念について理解をしてもらいたい。『要素還元』の概念を理解すると『構造』の概念への理解が深まると思うからだ。

『要素還元』とはどんなに複雑な全体も小さな要素の組み合わせであり、細かく分解していけばすべてシンプルな要素となるという考え方だ。いわゆる素因数分解的発想である。

これに対し、『構造』とは全体は要素の総和ではなく、要素を単純に合わせても全体にはならないという考え方だ。物事を理解するときに要素だけを取り出す(還元する)のではなく全体の構造そのものを理解しようとする。要素同士の相互関係と相互作用についても考える必要があるという立場である。

構造主義的アプローチ

そして、セイルーロがチーム・スポーツのトレーニングの目的を考える上で最も重要視したのが要素同士の相互関係と相互作用である。

チーム・スポーツにおける相互関係・相互作用とはチームメートや監督、そして対戦チームに審判、会場、ピッチ(コート)、ボールなどあらゆる要素が複雑に絡み合い、互いに関係し互いに作用し合っていることを指す。

これらの相互の関係と作用を総合的に俯瞰しながらトレーニング・プログラムを構築することが、チームスポーツにおけるトレーニングの本質だと考えたのである。『人間』というものを極めて複雑な構造物として捉えて、その『人間』の周りに存在するあらゆる人やモノ、環境との関係性を包括的に捉えようとする態度である。

自己構造化とは

ここまで述べてきたような思考と態度の元、セイルーロはトレーニング理論を構築してきたわけである。しかし、ここで彼の構造化トレーニング理論がその他数あるトレーニング理論とは一線を画している点について強調しておきたいと思う。

プレイヤー個人の構造化を行った点である。

「チーム・スポーツにおけるプレイヤーをそのプレーヤー足らしめているものは一体何なのか?」と言う問いを立て、1人のプレーヤーを構造化するもの、つまり中身が一体何なのかを考えたのだ。そして、人間が物事を学習し、習得していく一連のプロセスというものを、様々な学問的アプローチから包括的に研究したのである。そして、最終的にチーム・スポーツにおける個人の能力を8つの構造に整理した(自己構造化した)のだ。この自己構造化モデルは、FCバルセロナの育成アカデミーで、実際に選手のプロファイリング等に使われているとのことだ。

8つの『構造』

チーム・スポーツにおけるプレーヤーの自己構造化について整理した8つの『構造』を下記に列挙するのでご覧いただきたい。

コンディション:身体的なの調子・状態のことを指す
コーディネーション:該当するスポーツで必須となるテクニックやスキルを指す
認知:プレーに必要な情報収集・理解・判断の一連のプロセスを指す
生体エネルギー:運動を行うために必要とされる身体の生物的なエネルギーを指す
感情・意欲:プレーする意思やモチベーションを指す
社会性:対人関係やチームメートとの関係性(コミニケーション能力etc)を指す
表現力:自己表現や自己アピールする能力を指す
メンタル:自己の中にあるすべての能力を統合する力を指す

さて、ここで列挙した8つの構造を理解する上で、読者の皆様には注意喚起をしておきたい。上記に示した8つを独立的存在(相互関係・作用がない)として捉えるのではなく、8つともが相互関係・作用しながら存在し、プレーヤーを『構造化』していると捉えてほしいのだ。

例えが適切か分からないが、糸の張り巡らされた蜘蛛の巣上に8つの構造が散りばめられていることを想像してもらえるといいのではないだろうか。8つの構造は必ずどこかしらで互いに関係性を持ち、そして互いに作用し合っているのだ。

特に重要視される3トリオ(構造)

セイルーロは8つの構造の中でも、最も優先順位が高いものが3つあるということを強く主張している。これらの3つの構造については、いついかなるときもトレーニングを行う際に最も考慮すべきであると強調している。

それは、コンディション・コーディネーション・認知である。

では、この3トリオ(構造)にもう少し焦点を当てて見ていこう。

まず、コンディション。
先述した通り、身体的な調子・状態のことを指す。スポーツのトレーニングの文脈での、謂わゆるフィジカル能力である。そして、セイルーロ先生はこのフィジカル能力をさらに5つの構造に分けている。それほどに重要視しているとも言えるのではないだろうか。5つ構造とは下記の通りとなる。

ストレングス:何か働きかけられる力に耐える強さ
エンデュランス:持久力
スピード:何かに自らは働きかけて動かす強さ≒パワー
フレキシビリティー:柔軟性
リラクゼーション:弛緩性

サッカーにおいては、上記5つの中でも特にストレングス・エンデュランス・スピードが重要視されているそうだ。これはバレーボール競技においても同じことが言えるのではないかと筆者は考えている。

次に、コーディネーション。
先述した通り、該当するスポーツで必須となるテクニックやスキルを指す。サッカーで言えば、ドリブルであり、パスであり、シュートと言える。そのスポーツにおける専門的なテクニックのことを指す。これはバレーボールで言えば、アンダー・ハンド・パス(レシーブ)であり、オーバー・ハンド・パス(レシーブ)であり、サーブであり、スパイク…といったテクニックが該当するだろう。

最後に、認知。
先述した通り、プレーに必要な情報収集・理解・判断の一連のプロセスを指す。サッカー界、特に育成カテゴリーの研究が進んでいる欧州では、この『認知』の重要性がクローズ・アップされている。今後、日本においても『認知』の重要性への理解は深まっていくだろう(と心から願う)。

さて、『認知』が意味する部分の解像度をもう少し高めておきたい。『認知』のプロセスにおける「プレーに必要な情報収集」とあるが、ここでの「情報」とは大きくプレーヤー自身の「外側の情報」と「内側の情報」に分けることができる。サッカーであれば、ピッチ上でのボールの動きや相手チームと自チームのプレーヤーの位置・動きなどが外部情報であり、それに対し自分自身がピッチ上のどこに位置し、どのような状況下にいるのかというのが内部情報である。バレーボールに関しても、ネットによってコート(ピッチ)が相手チームと自チームで分断されていることを除けば、本質的に言えばサッカーと大きな違いはないように思う。

トレーニング・デザインに必要とされる4条件

『自己構造化』という概念についてはここまでのところで掴んでもらうことができたのではないだろうか。では、ここからは実際に自己構造化の概念を体現したトーレニングをどのようにしてデザインしていけばよいのかという話に移っていきたい。

セイルーロは、トレーニング・デザインをする際に守るべき条件を次の通り4つ挙げている。

1.『独自』のものであること
2.『特化』していること
3.『個別』であること
4.『プロセス』であること

では、1つずつ詳しく見ていくとする。

1.『独自』のものであること
トレーニングのすべてが、そのクラブ・チームの哲学やゲームモデル、育成方針に合致している必要がある。そして、これらのものがクラブ・チームだけの独自性を持ったものであることが大切である。つまり、トレーニングを見さえすれば、そのクラブやチームの哲学、ゲームモデル、育成方針が透けて見えるようでなければならないと言える。

2.『特化』していること
トレーニングのすべてが、そのスポーツに特化したものでなければならない。それぞれのスポーツの持つ本質(ルール)を理解し、そのスポーツが持つ特徴を掴み、それらを網羅するようなトレーニングをデザインしなけければならない。

3.『個別』であること
トレーニングのすべてが、チームのそれぞれのプレーヤーの個別性を考慮したものでなければならない。当然ながら、一人一人プレーヤーは違っている。各プレーヤーの発達段階(身体的・精神的な)、スキルレベル、性格特性、学習タイプ(どのように物事を学習し習得していくのか)、持ち合わせた才能など、一人として同じであるということはあり得ない。

4.『プロセス』であること
トレーニングはすべてプロセスに従い、順序立てられたものでなければならない。一つ一つのトレーニングは独立し切り離されたものではなく、プロセスの中に内包され秩序立ったものである必要がある。そのため、一つ一つのトレーニングが連なって一つの物語を形作るようでなければならない。

セイルーロの金言

最後に、自己構造化トレーニングをデザインする上で、コーチたちに新たな気づきを与えてくれるのではないかと思うセイルーロの金言をいくつか引用する。

トレーニングにおける学習は何かを繰り返し練習することではなく、選手により多くの異なる経験や新しい経験をさせることだ。

良い選手というのはそれがたとえ全く新しい状況であっても、自分のやり方で問題を解決することができる選手だ。

『習慣』ははじめは安定を生むが、最終的には破壊をもたらす。

新しい練習をすれば選手はその新しい刺激に適応するために自身のエネルギーを存分に注ぐことになりこれによって選手は上達する。

『トレーニング』の本質が何かを考えさせられる言葉ばかりではないだろうか。

結論。思考錯誤と試行錯誤するしかない。

本記事では、セイルーロの構築した『自己構造化トレーニング』にフォーカスし、トレーニング・デザインについて色々と考えてきた。

チーム・スポーツのコーチにとって、トレーニングのデザインをするということは最も重要とされる仕事の一つである。限られた時間や環境の中で、各プレーヤーにとって最適だと言い切れるトレーニングをデザインすることは極めて困難だろう。というよりも、完璧にデザインされたトレーニングというものは存在しないと言ってもいいのではないだろうか。

しかし、だからこそその完璧さを求めて、思考錯誤と試行錯誤を繰り返し、トレーニング・デザインという大きな仕事と向き合わなければならない。もし、それができない、したくないと言うのであれば、それはコーチの仕事を辞める時である。

参考書籍


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